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レベニューマネジメントをどのように勉強したらよいですか

「レベニューマネジメントをどのように勉強したらよいですか」という問い合わせをよくいただきます。レベニューマネジメントは業務内容としてもかなり専門的な領域であり、その範囲も多岐に渡ります。一方で、特に日本においては、きちんと体系化されたレベニューマネジメントのトレーニングプログラムや参考文献は決して多くありません。

「グローバルチェーンはどのようにレベニューマネージャーを育てているのですか?」という質問もよくいただきますが、グローバルチェーンの多くは自社で体系化されたレベニューマネジメントのカリキュラムを用意している場合がほとんどです。オンライントレーニングや定期的に行われる対面でのトレーニング、ミーティングを通して、自社で高度なレベニューマネジメント人材を育てているのが一般的です。さらに、外部からあらかじめ完成された高度人材を迎え入れることによって、レベニューマネジメント体制をより強固なものにしている側面もあるといえるでしょう。

一方、国内チェーンや国内独立系ホテルには、このようにレベニューマネジメントを内部で育成する仕組みは残念ながらほとんどありません。私も今まで多くの国内チェーン、独立系ホテルを見てきましたが、体系化されたレベニューマネジメント育成プログラムを用意している組織は見たことがありません。

では仮に、国内チェーンや独立系ホテルがそのような体系的な育成プログラムを用意できたとして、日本においてレベニューマネジメントの専門人材が育つような環境が醸成されるのか、個人的には依然として疑問が残ります。

その大きな弊害のひとつが、日本の組織が長い間採用している「人事異動」の制度です。日本のホスピタリティ業界においても例外ではなく、おおよそ3〜4年の期間で職種を変えていくことが一般的のように思います。企業側の言い分は「組織/ホテルのさまざまな仕事や部署を経験することによって、あらゆる分野に精通するジェネラリストを育てたい」「人材をある程度流動化させることによって、より柔軟な人員配置に対応したい」というところですが、レベニューマネジメントの専門人材を育てるという目的において、この制度こそが大きな弊害になっていると思います。

もちろん、施設においてさまざまな職種を経験することによって、自らの知見や経験がさらに豊かなものになっていく側面はあります。例えば客室部門のエキスパートを目指す人材が、ゲストサービスやフロントデスク、ハウスキーピングなどの「客室部門を構成するあらゆる職種」を経験することは、後に客室部門の責任者になる上で欠かせない素養を身につけることと思います。料飲部門についても同じようなことが言えるかもしれません。

一方、レベニューマネジメントで必要とされる専門性とテクニック、経験や知見は、残念ながら2〜3年で身につけられるようなものではありません。さらに、レベニューマネジメントの専門性を身につけるにあたって事態をさらに難しくさせているのが、その手法や考え方自体が常に変化しているという点です。2〜3年前のレベニューマネジメントの知識は、残念ながらすでに過去のものであり、逆にそのような一昔前の手法しか知らない、もしくはそれにこだわり続けることは、そのホテルのレベニューマネジメント、さらには継続的に売上を成長させていく能力を退化させることになります。

過去に何度も述べていますが、レベニューマネジメントとは「価格・在庫のコントロール」ではありません。レベニューマネジメントとは販売活動そのものであり、必要とされる知見や能力は「従来のレベニューマネジメント」にとどまらず、ディストリビューション、セールス、マーケティングと多岐に渡ります。私自身、もう長らくレベニューマネジメントの分野に特化して携わっていますが、日々新しいテクノロジーや考え方、その手法についていくのに精一杯で、たとえここで2〜3年の期間が経ったとしても「レベニューマネジメントの能力をある程度身につけました」と言える自信はありません。また、不思議と自分自身でも「ある程度身についたな」という感覚を得ることもほとんどありません。

レベニューマネジメントはすでにきちんと体系化された考え方ですし、アメリカなどでは1つの学問領域、研究対象として確固たる地位を築いています。そのような体系化されたレベニューマネジメントの手法やセオリーを一通りきちんと学ぶことは非常に大切なことですし、そのような知見を備えてこそのレベニューマネージャーであって、かつて「3K(勘・経験・気合)」と揶揄されたようなレベニューマネジメントの手法、そうした素養しか持ち得ない担当者が対応しているような場合とは明確に一線を画しています。

一方、それでも私はレベニューマネジメントを習得する上での実践的側面の経験・知見は非常に重要であると思っています。特にディストリビューションやデジタルマーケティングの分野は、テクノロジーが関係していること、内容が常に変化・進化していることなどから、より実践的な知見が必要とされる場面が多く、なかなかオンラインコンテンツや書籍などの静的な内容のみを習得するだけで十分に知見を得ることができるとは言い難いでしょう。私の個人的な感覚では、レベニューマネジメントの素養を身につけるうえでセオリー(静的コンテンツ)から学ぶことができるものが全体のおおよそ2〜3割、残りの7〜8割は実際の業務から学ぶ実践的内容が占めると考えています。書籍などから得られるレベニューマネジメントの体系だった知識や手法も、それを実際に体現する、実践する場があってこそのものであり、習得と実践を繰り返すことで、その知見はさらに強化されていくものだと思います。

このレベニューマネジメント独特の習得プロセスにも、「3〜4年で人事異動」という日本企業特有の人事文化が大きな壁となって立ちはだかります。「セオリーを学んでそれを実践の場で適用する」ということを繰り返し行うことによって基礎を習得し、そして新たなセオリーが出てくるとまたそれを実践して習得していくという「セオリーから実践へ」のプロセスの積み重ねであるレベニューマネジメントにとって、3〜4年という期間はあまりにも短すぎます。

レベニューマネジメントを勉強したい、その知見を会得したいという意欲は素晴らしいものですし、レベニューマネジメントに携わる一プロフェッショナルとして、できる限りのお手伝いはさせていただきたいと強く思うのですが、「3〜4年後にはまた別の部署に異動する」という日本の企業の習慣を目にすると、「レベニューマネジメントをどうやって勉強したら良いですか」というご質問を頂戴したときに、私がいつも明快に答えることをためらう理由がここにあります。このような日本の企業における人材運用の慣習は、専門性をじっくり育てていくための仕組みとはそもそも噛み合っておらず、結果として、高度なレベニューマネジメント人材を育成することと相いれない構造的な問題を抱えているように思います。そしてこれもまた、残念ながら日本の宿泊施設がレベニューマネジメントにおいて世界のグローバルチェーンと肩を並べることができていない、大きな理由の1つであると思っています。いま、日本でもいわゆる「ジョブ型採用」や「専門職採用」が増えてきていますので、これによって国内チェーンや独立系ホテルにおいても本当の意味での「レベニューマネジメントの専門家」を育てる土壌が作られ、そのような人材が出てくることを望みます。

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