いきなりのカタカナに面食らった方も多くいらっしゃるかもしれませんが、本日はアトリビュートベーストセリング(Attribute Based Selling, ABS)という、予約エンジンにおける新たな試みについてご紹介したいと思います。この新たな試みは、現在、IHGやマリオットなどのインターナショナルチェーンで数年来の開発項目、既にその一部がリリースされており、ホテル予約エンジンにおける次世代のスタンダードとなるかが注目されています。
繰り返し、ホテルの宿泊商品とは「部屋タイプ x 料金プラン」の組み合わせであると述べてきましたが(詳細は「ホテルにおける商品数と購買の関係― 商品数を揃えれば売り上げは上がる?」を参照)、この「部屋タイプ x 料金プラン」という商品体系は、消費者の視点から見るとかなり硬直化しているものだと思いませんか?「ホテルの売り方とはこういうもの」という長年にわたる慣習が、特にホテルで勤務している方にとってはもはや染みついているかもしれませんが、今日は少し従来の固定観念を超えた自由な発想をしてみようと思います。
あなたはいま、3か月後に迫った1週間の長期休暇の計画を立てています。目的地はほぼ決まっており、東南アジアのリゾートに行きたいと考えています。色々とインターネットでブラウジングをしていると、非常に良さそうなホテルを見つけました。きれいな海に面していて部屋も広く、様々なアクティビティも充実していそうです。
早速、価格や宿泊パッケージについて色々と調べようと、ホテルの公式ウェブサイトから予約エンジンを立ち上げました。まず調べていくと、どのプランにも空港送迎が無料で含まれています。空港から1時間近く離れた場所にあるリゾートなので、車がないとアクセスできないことは確かですが、あなたはせっかくなので、空港でレンタカーを借りて島内の散策もしたいと考えていました。ホテルに着けばその場でレンタカーの手配はしてくれそうですが、「空港送迎はいらないから、その分部屋の料金が安くならないのかな」と思いました。
海沿いのリゾートですから当然、お部屋から海がきれいに見える部屋が良いと思い調べたところ、海側の部屋の設定がありそうです。さらに、あなたはどのホテルに泊まるときも角部屋がお好みです。海側のお部屋で、なおかつ角部屋の部屋タイプを調べようとしたところ、「海沿い、かつ角部屋」という部屋タイプの設定は特になさそうです。海側の部屋タイプのいくつかが角部屋に位置するようですが、角部屋が最終的に割り当てられるかはあくまでもリクエストベースで、現時点では一切わからないという状況でした。あなたは、「海側でかつ角部屋の部屋があれば、すぐにでも予約したいのに」と考えました。
さらにあなたは、せっかくリゾートに行くのだから朝は10時くらいまでゆっくり寝ていたいと考えています。一方で、ランチはそのリゾートで済ませたあとに、夕食は街に出てローカルグルメを堪能したいと計画しています。「ブランチつきのプランはあるのだろうか?」色々とプランを検索してみましたが、結局、食事がついたプランは朝食つきと3食つきのプランしか販売がなさそうです。結局自分の希望に最適なプランを見つけることができず、その場では予約せずにさらに検討しようと思いました。
「自分に最適なプランが見つからない」、これは多くの消費者がホテルを選択するときに直面する、非常に大きなフラストレーションの1つかと思います。またホテルはホテルで、できるだけ多くの選択肢を提供するという意味合いを込めて、様々な異なる特典を含んだ幅広いプランを販売したいと考えていますが、そうすると自然とホテルの商品数は無限大となってしまうという葛藤に悩んでいます。この「自分に最適な宿泊要素がほしい」という消費者側の要望と、「それぞれの顧客に最適な商品を簡潔に提案したい」という双方の要望を達成する可能性を秘めているのが、このABSと呼ばれる販売手法です。
このABSの販売手法が適用されると、あなたは下記のような購買行動を取ることができます。
基本部屋:15,000円
広めのお部屋:5,000円
キングベッド:5,000円
海側のお部屋:5,000円
角部屋:5,000円
レンタカー:5,000円
ランチ: 2,000円
クレジットカードによる前払い、返金不可条件:-15%
合計: 35,700円
つまり、従来のあらかじめホテルから指定された部屋タイプ条件、アメニティ、パッケージ要素、宿泊条件から、場合によっては必要のないアメニティも含まれているけど、自らの希望に「近い」パッケージを選ぶのではなく、自らの要望に合わせて部屋、またはパッケージ要素を1から組み立てていきます。この販売手法により、あなたは無条件で組み込まれた8,000円分の空港送迎料金を払わずに済むようになりますし、わずかな差額を払えば角部屋を確約できます。また、ランチはホテルで食べたいけど朝食と夕食はいらないという要望に沿った、さらに返金不可条件をつけることでさらなる割引を受けることができる、まさに自分だけの宿泊パッケージを組むことが可能になります。
この、基本料金に自らが希望する条件やサービスを組み合わせていくという販売手法は、おもに航空業界で既に主流となっている販売手法です。多くの航空会社において、現在の座席販売手法は「基本料金 + 窓側(シート選択)+ 非常口付近 (足元が広い座席)+ 荷物超過料金 + 優先搭乗」のように、基本料金に各々の消費者が必要な条件とサービスを自由に組み合わせ、それに対する差額を追加料金として払っていくような形に変化しています。
このABSの販売手法は、消費者にとって最適な商品を選択できるというばかりでなく、ホテルにとっても売り上げの最大化をさらに高めることができるチャンスをもたらします。稼働状況に準じて、ベッドタイプに応じた価格コントロール(例えば需要によって、ツインベッドよりダブルベッドの方が価格が高い)や、それによる販売状況の平準化にもつなげることができますし、アンシラリーレベニュー(Ancillary Revenue)と呼ばれる、宿泊以外の要素の大幅な販売強化を図ることもできるようになります。
現在でも、宿泊予約過程で行われるいわゆる「アップセル」の機能などで、差額を払っての上の部屋カテゴリーへの追加購入を促したり、部屋へのシャンパンのお届けなどのアメニティを追加したりできるような機能はありますが、こういった機能はあくまでも、既存のある程度決められた商品体系への追加注文であり、商品を1から消費者自らが組み立てていくというABSとは購買行動が異なります。
アイデアとしてはバラ色で、なぜすぐにでも実現しないとか、既にそういった販売手法が定着していないのか、不思議に思った方も多いかもしれません。しかし、この販売手法の実現にはいくつかの大きな壁があります。
まず、PMSの設計自体が完全に見直されなくてはなりません。長らく「部屋タイプ x 料金プラン」という販売手法を取ってきたホテルが使用しているPMSは、当然、そのような組み合わせでの設計や設定となっております。
例えば、現在のPMSの設計において上記のような「広めでキングベッド、海側の角部屋」という構成要素の積み上がりを、「コーナーデラックス、オーシャンビューのキングベッド」とPMS側で認識させるような仕組みを確立するには、従来の「それらの構成要素を、あらかじめ認識していることが前提で部屋タイプを選ぶ」という設計を抜本的に見直す必要があります。さらに、消費者が様々な予約元から様々なチャンネルを使って予約してくるということを考えると、そういった設計にPMSだけでなく、ホテルディストリビューションに関わる川上、川中、川下のすべてのステークホルダーがかかわる必要があります。
また、それぞれの構成要素のコードをいかに共通化できるかという課題もあります。このコードはいわば「共通言語」のようなもので、例えば「キングベッド」という構成要素があった場合、川上、川中、川下のすべての関係者が、キングベッドのコードは”KING”であるという共通コードを認識している必要があり、これがお互いのシステムのやり取りを可能にします。
例として、あるOTAはキングベッドのコードを”KG”としており、PMS側では”KING”と設定されていた場合、予約通知をホテルに送るOTAがKGというコードを送信してもPMS側では認識されませんし、またホテルでキングベッドが満室になったことにより”KING”が満室という情報を各予約元に向かって発信したとしても、もしあるOTAのキングのコードが”KG”であった場合、情報は認識されません。
構成要素による販売手法「ABS」は、消費者側に多くの選択肢をもたらす一方、その選択肢、組み合わせが膨大になることによって、その多くの情報の処理と、それら情報をいかにディストリビューション上で共通言語として理解させるかという問題は、技術的に非常に大きなチャレンジをはらんでいると言えます。IHGなどが既にこのABSを基本にした予約エンジンをリリースしている中、今後、ABSがホテル予約エンジンの新たなトレンドとなっていくかが注目されます。