日本の会社の会計年度は外資系を除きほとんどが4月- 3月だと思いますので、この時期に来年度に向けて既にあわただしく動いていらっしゃる宿泊施設はまだあまり多くないのではないかと思います。秋以降に本格化する予算策定に向けて、少しずつ情報収集を始めていらっしゃる頃でしょうか。

一方で、特に海外からのビジネスを担当されている営業の方にとっては、来年度の予算に先駆けて既に25年ビジネスが本格的に動き出している頃かと思います。海外から送客されるビジネス、つまり海外の会社発ビジネスの会計年度は1月- 12月の場合がほとんどです。そういった会社では既に25年に向けた準備が本格化しており、その中でも私たち宿泊業界にとって大いに関係してくるものが、契約料金の更新です。

ホスピタリティビジネスは様々なマーケットセグメントの組み合わせで成り立っています。「公式ウェブサイトで販売されていて、誰もが予約できるビジネスの割合は20%程度しかない」という場合もしばしばで、それ以外にも旅行会社からのホールセールビジネスやロイヤリティに代表される会員料金ビジネス、グループビジネスなどのセグメントから占めるビジネスボリュームの方が断然多いという宿泊施設も多くあります。

この数多くのセグメントの中で、特に東京などの都市圏にある宿泊施設にとって非常に重要なセグメントの1つはコーポレートセグメント、企業契約料金のセグメントです。企業契約料金とは、ある特定の企業と指定宿泊施設が年間契約を行い、その契約下で出された優待料金を指します。その契約を結ぶことにより、宿泊施設としては相応の宿泊ボリューム(年間xxx室泊以上)の確約を、また企業としては閑散期/繁忙期といったシーズナリティに左右されることなく、ある程度のディスカウント料金での宿泊が確約されます。この年間契約を結ぶ、更新するプロセスが夏以降、年末に向けて山場を迎えてきます。

このプロセスは、一般的に担当者間がメールや電話で個別に行うものではありません。Corporate RFP (Request for Proposal/リクエストフォープロポーザル)と呼ばれているこのプロセスは、企業から宿泊施設に対して企業契約料金プログラムへの参加招待状が送られ、それに参加を希望する宿泊施設が年間宿泊料金等の条件を明記した上で内容を提出、その中から最終的に契約施設が選定されるもので、ほとんどの場合、Lanyon等の専用のプラットフォーム上でプロセスが行われます。

このRFPのプロセスをどのように進めていくかという点は、ホテル全体のレベニューマネジメントストラテジーを考える上で非常に重要な要素です。このRFPにおける「すべきこと(Do)」と「してはいけないこと(Don`t)」についていくつか描写してみたいと思います。

やってほしいこと(Do)

1、今年度、および過去実績の精査と動向に関する情報収集

多くの宿泊施設では企業契約料金が「更新ありき」の扱いになっているのを目にしますが、まずはきちんと実績を振り返りましょう。契約に定められている期待の宿泊数に達しているかを確認することは当たり前ですが、その他にも精査しておきたい点がいくつかあります。

a. 宿泊シーズナリティ、曜日のパターン

一般的に「優待」の名のもとに出す優待プログラムはそれが例え何であれ、出す側(宿泊施設)にもなんかしらのメリットがあるものです。お互いにWin-Winではない優待プログラムなど、この世の中にはありません。では宿泊施設において、企業契約料金を出すことのメリットはなんでしょうか?それは無論、まとまった室泊数のビジネスを、年間を通してバルク(束)で送客してくれることに他なりません。年間で500室泊、1,000室泊以上を送客してくれるのであれば、宿泊施設として年間を通して安定したビジネスを見込むことができます。

ただ、シーズナリティや曜日波動が存在するホスピタリティビジネスにおいて、もともと混雑する時期というのもあります。それは4月の桜の時期であり、秋の紅葉の時期、年末年始です。また施設によっては毎週末、土曜の宿泊はレジャー客で込み合うといった施設もあるでしょう。したがって、厳密にいえば宿泊施設にとって企業契約料金を出すメリットは「ローシーズンやショルダーシーズンなどの宿泊需要が緩い時期にもバルクでの送客が期待できること」と言えるでしょう。

その点で「宿泊施設としてビジネスが欲しい時期に、企業契約料金ビジネスが送客されているか」という点は精査が必要です。年間を通してまとまった数が送客されているものの、宿泊が週末に集中している、桜や紅葉などのピークシーズンに集中しているなどといったことはないでしょうか?例えば土曜から1泊、大人2名と子供2名の宿泊実績が該当契約料金で頻繁に見られるのであれば、そもそもその宿泊目的は何なのでしょうか?桜のピークの週に該当契約料金での宿泊実績が突出して多く見られる場合、そのすべての予約が本当にビジネス目的で予約されているのでしょうか?優待料金を出すことによって得られる宿泊施設としてのメリットを該当プログラムの提供により十分に享受できているのか、その宿泊パターンをきちんと精査しましょう。その分析は交渉を進める上で非常に大きな材料となります。

b. 企業側で把握している宿泊実績とのすり合わせ

一般に、企業契約料金は、その予約から宿泊までのすべての行動がそれぞれの企業が運用する出張プラットフォームや企業が委託する旅行会社によって管理されています。各々の従業員が勝手に宿泊施設に電話やメールをして優待料金で予約を取ることは原則できません。したがって、契約企業として確認できる宿泊数の記録と、宿泊施設として確認できる宿泊数の記録はおおむね一致するべきものです。この数に著しい乖離がある場合、企業契約料金の不正使用の可能性も否めません。該当企業の従業員であることの確認が不十分、既に退職した従業員が引き続き優待価格を使っている、該当企業とはまったく関係ない第3者が優待価格を使っている、そういった可能性が考えられますので、その場合は該当企業とともに運用方法を見直す仕組みを作る必要があります。具体的には身分確認を厳密にする、予約方法を制限するなどが考えられます。

c. マーケットボリューム等、該当企業の次年度動向の把握

該当契約企業のマーケットボリュームを把握しましょう。例えばabcという会社があり、その会社の25年の東京へのマーケットボリュームが年間で120室(月間で10)と予測される場合、その企業に割安な契約料金を出すメリットはあるでしょうか?さらに、あなたの施設からその企業の東京オフィスまでの距離が10キロ以上ある場合、月間10室泊のビジネスがあなたの施設に宿泊する可能性は限りなく低くなります。契約料金はただ闇雲に安く出せばいいというものではありません。必要とされている企業に適切な価格(企業にとっても施設にとっても)で提示されているか、そのプロセスとしてマーケットボリュームの把握は欠かせません。

また過去3年間の実績を遡ってみた時に、年間でおおよそ50室程度の実績しか得られてないので、来年もたいしたボリュームが見込めないだろうと考えるのは早計です。特にコンサルティング、製造業などは、プロジェクトベースである特定の時期に大量の従業員の往来が見込まれる場合もあります。その逆も然りで、今年プロジェクト関連で大量に受注した需要であれば、来年も同じ程度の需要が見込めるとは限りません。マーケットボリュームの把握、25年の該当企業活動の把握など、情報収集をきちんと行いましょう。

2,固定料金から変動料金へ移行させる

ここ数年の世界の企業契約料金に関する潮流は、できる限り固定料金(Static Rate)をなくして変動料金(Dynamic Rate)に移行させていくことです。外資系のメガチェーンなどは、その規模を背景にした強い交渉力により、固定ベースの契約料金を既にほとんど排しています。理由は簡単で、固定料金を出すことによりピークシーズンに価格が上がった時の価格乖離が広がり、そこに売り上げを向上する上での明らかな機会損失があるからです。梅雨の時期、BAR料金が30,000円の時に20,000円で宿泊できる権利があるのと、桜の時期にBAR料金が70,000円の時に20,000円で宿泊できる権利を有するのでは、明らかにその「価値」が異なります。

これを解消する手段として運用されるのが変動制の契約料金です。「一律で年間を通してxxxx円」とするのではなく、「BARからの20%オフ」などBAR料金と紐づけて契約料金をも変動させることで、宿泊施設はピークシーズンであっても機会損失を小さくすることができ、契約企業はいつ何時であっても優待料金を得ることができるようになります。

一般的に、契約企業はこの固定料金から変動料金への変更プロセスを嫌います。今までは、例えBAR料金が70,000円の時でも20,000円で泊まることができていた訳ですから、抵抗は当たり前でしょう。そういった意味で、個人的には固定料金から変動料金への移行は、料金の値上げ、値下げと同等の交渉パワーを持つと思っています。既に外資系のメガチェーンがほとんど変動料金に移行させていることにより変動料金の導入に対する理解は進んでおり、また、固定料金を出す施設が相対的に減ってきていることによる宿泊施設側の交渉力は強くなってきているとすら考えます。

3,LRAの宿泊条件をなくす

固定体系の企業契約料金同様、宿泊施設にとって頭痛のタネとなっているのがLRAの宿泊条件です。LRAとは「Last Room Availability」の略で、契約料金にLRAの条項が付帯されていると、施設はその契約対象部屋タイプに空室がある限り、その契約料金を販売し続けなくてはなりません。

例えば、桜の時期に都内の施設が混雑するのは自明の理です。施設としては、BAR料金を70,000円で販売しているそのような時期に、20,000円の契約優待料金を販売したくありません。通例であれば、そのような高需要が見込まれる時は価格の安い料金帯の販売を先んじて閉めて(販売停止)しまいます。70,000円のBAR料金の一択で、スタンダードルームを全部屋販売したいからです。ただ、もしその20,000円の企業契約料金にLRAの条件がある場合、施設は20,000円の料金を施設の裁量で勝手に販売停止にすることはできません。スタンダードルームに空室がある限り、つまりBAR料金で該当部屋タイプを販売している限り、同時に20,000円の契約料金を販売し続けなくてはならないのが、LRAの販売条件です。

似たような仕組みとしてアロットメント(Allotment)というのがありますが、アロットメントは例え空室がなかったとしてもその在庫を保証しなくてはなりませんので、アロットメントの方がより施設にとって条件が厳しいと考えるべきでしょう。LRAは該当の部屋タイプに空室がなければ、その販売料金、および在庫保証をする必要はありません。