昨今、レベニューマネジメントの業務においては急速にシステム/テクノロジーの導入が進んでいますが、実はレベニューマネジメント業務に関わるシステムと一言で言っても、その内容や特性は少しずつ異なります。レベニューマネジメントに関するAll in Oneのシステムはなく(ベンダーからはそのように紹介される事があっても、それは単に機能として備えているというだけであって、備えているのと優れているのはまた別の話です)、その目的や成し遂げたいこと、該当システムの洗練度、施設で行われているオペレーションにあわせて、自分たちにとって最適なものを選択し、それらを組み合わせて使用していくのが一般的です。

このうち、前回はレベニューマネジメントのツールとして1番なじみがあるといっても過言ではない「価格巡回ツール」についてご紹介しました。他にもレベニューマネジメントに関わるシステムがいくつかありますので、順番に見ていきましょう。

2,レポート、レポート/BIツール

レベニューマネジメントにおいてレポートは非常に重要です。それが正しいかどうかは別にして、施設からの要求としてこのレポート機能の充実とその実装は多くの施設において優先度が高い項目と言えます。実際、施設のレベニューマネージャーは上司や総支配人、オーナーなどの関係各所から多くのレポートの提出を求められます。その要求に即する形で、どのようなレポートをどのようなフォーマットで抽出できるのか、またそれぞれの施設の個別の要求に従ったレポートテンプレートを備えているかなど、このレポートツールもレベニューマネジメントに関するツールとして施設から非常に重要視されるシステムに1つです。

実際に多くのPMS(プロパティマネジメントシステム)にはレポート機能も備えており、大多数の施設ではこのPMSに備わっているレポート機能を活用してレポートの作成や加工に使っているケースが一般的です。一方で、PMSに備わっているレポート機能を活用しようとする場合は下記のような限界に直面します。

  1. レポートで得られるデータが少ない

当たり前の話ですが、PMSから抽出できるレポートはPMSに入力された情報がもとになっています。PMSに取得したいデータを入力できる項目があって、そこに正確なデータが入力されていて初めて、そのデータをレポートとして抽出できることができるようになります。ところが、実際はPMSに入力できるデータ項目はそれほど多くはなく、ましてやレベニューマネジメントなど販売活動につながるようなデータ項目はほとんど備えておりません。これは、そもそもPMSが販売システムではなく、あくまでもホテルマネジメントシステムであるという側面が強いという点からくるものです。PMSの特徴として、もともと販売活動に特化したシステムではなく、施設のオペレーションを運営することに特化したシステムであるため、レベニューマネジメント関連のデータをPMSから取ることには限界があります。

  1. 用意されているレポートのテンプレートが決まっている、少ない

繰り返しますが、PMSはあくまでも施設のオペレーションを円滑に進めるためのシステムです。レポートや登録されているデータの詳細を分析することに特化したBIシステムではありません。それゆえ、PMSに既定として備えられているレポートもいわゆる「シンプルレポート」と呼ばれる簡易的なもので、自分たちの任意の項目データを組み合わせたり項目を増やしたり減らしたりといった、データ分析やそのレポート抽出目的に作られたシステムではありません。従って、レポートや分析機能に特化したシステムが必要な場合は、別途、レポート・BIツールを組み合わせることが一般的です。

レポート、BIツールの多くはまずPMSとの接続を前提とし、PMSから送られるデータを別途、レポート、BIツール上でレポート作成に活用する、BIツールとして詳細な分析を行うといった仕組みになっています。またPMSに留まらず、サイトコントローラーやCRSに格納されている販売データを収集して一か所のデータ格納場所(ウェアハウス)にまとめた上で、それらを組み合わせて横断的にデータを分析、レポート化できれば、施設全体の販売データを可視化し、計画の策定と実行に役立てていくことが可能となります。

一方、「じゃ、うちで使っているPMSをウェブサイトで見つけたこのレポート、BIツールとつなげてもらおう」といったことが簡単にできるかというと、現実はそこまでスムーズにはいきません。PMSプロバイダーによって、どのようなツールにどのような形でデータを吐き出すことができるのかは大きな制限があり、使っているPMSとの互換性や接続性などの詳細をよく確認する必要があるのが現実です。

また既にお察しの通り、このレポート、BIツールも「レベニューマネジメントシステム」ではありません。その役割はPMSや各販売システムデータの集約とその分析、レポートへの書き換えと抽出という極めて受動的な機能に終始しており、自らで情報を取りに行って分析をしたり、その情報をもとに主体的な判断をして何かしらの指示を生成したりといった役割は備えていません。

3,フォワードルッキングデータ/Forward-looking data

まず、フォワードルッキングデータという言葉自体にあまりなじみのない方がほとんどかと思います。他にもフューチャーデータ/Future Dataというような言い方もされますが、日本においてはマーケットデータと呼称されることが多いでしょう。

レベニューマネジメントは、一般的に過去/ヒストリーのデータを基礎にしてその多くの活動が形成されています。ホスピタリティビジネスには季節・曜日などに応じた需要のパターン、共通項があるという点を前提に、代表的な前年同月のデータをはじめ、季節ごとや曜日ごとの波動を理解、分析し、それを将来の予測に役立てようとするのがレベニューマネジメントにおけるフォーキャストの理念です。一方で、レベニューマネジメントの黎明期からその基本となってきた「過去のデータ」を主体にした考え方が大きく揺らぐ出来事がありました。それが2020年に世界的に発生したパンデミック/コロナ禍です。このコロナ禍においては、日々刻々と変わる感染状況や各国、および各地域の行政が発する情報・規制に世の中が大きく振り回されました。もはや前年同月などといったデータはまったく役に立たず、日々刻々と変わる状況を踏まえ「いま何が起きているのか」ということをいち早くとらえ、それをフォーキャストや販売施策に生かそうという試みが多く試されました。過去にどのような需要のパターンを見出だすことができるのか、過去に何が起こっていたのかというデータではなく、いま何が起きているのかということを示すデータ、それがフォワードルッキングデータと呼ばれるものです。

以来、この「フォワードルッキングデータ」をレベニューマネジメントに生かそうという様々な試みが行われています。しかし、実はレベニューマネジメントにおいて「いま何が起きているのか」という点をいかす試みは、何も新しい考え方、試みではありません。いわゆる「オンハンド」と呼ばれるデータは「現在の予約の入り込み状況」を表すデータで、まさに「いま何が起きているのか」という点を象徴するデータであると言えます。そして、このオンハンドのデータはレベニューマネジメントにおけるフォーキャストや販売施策に大きな影響を与えるものですから、そういった点でレベニューマネジメントにおいてフォワードルッキングデータをいかそうという考え方は決して新しい試みではありません。また自分たちの施設のみならず競合施設のオンハンドデータを総合的に収集し、マーケットとして現在なにが起きているのかという情報を宿泊施設に提供しているツールも、実際に何年も前から存在し、長い間、多くの施設で活用されています。

その他、いま何が起きているのかという視点を提供するデータとして代表的なものとしては、フライトデータと呼ばれるものがあります。これは空港に離発着する航空機の空席状況のデータを集約するもので、「空席が少ない=その都市に対する需要が高まっている」などといった指標として活用されています。また、天気予報もしばしばフォワードルッキングデータの1つとして扱われます。「天気予報が需要に何かしらの影響を与える」という考え方を前提にしたもので、レベニューマネジメントのフォーキャストに天気予報をいかそうという試みです。

では、フォワードルッキングデータはレベニューマネジメント、特にフォーキャストにおいてどの程度重要なのでしょうか?私は現時点では以下のように考えています。フォワードルッキングデータ、および種々のマーケットデータと自施設の需要に明確な相関関係が見られるのであれば、フォワードルッキングデータは大いに参照されるべきですが、そこに明確な相関関係がない、もしくはわからないのであれば、そのようなデータをむやみに参照する有意性はないということです。フォーキャストにおいて「参照されるデータが多いほどフォーキャストの精度が上がる」といった「参照するデータの量やその範囲」と「フォーキャストの精度」に一般的な相関関係はありません。

例えば、天気予報について考えてみましょう。そこに相関関係がある、例えば晴れの場合は需要が増えて雨の場合は需要が減るといった明確な関係性があれば、天気予報はレベニューマネジメントに大いに生かされるべきだと思います。一方で現実的にはどうでしょうか?宿泊施設の予約は、往々にしてかなり前もって行われるものです。リードタイムが100日以上、200日以上などという予約もざらで、特に訪日需要が活況な現在においては国内マーケットに比べてそのリードタイムがさらに長くなっているかもしれません。例えば、皆さんが3か月後に計画している東南アジアへの旅行で宿泊施設を選択する際、天気予報を参照するでしょうか?1か月後の韓国旅行を計画する時、1か月後の天気予報を調べて、それが「どのホテルに泊まろうかな」という「宿泊施設の選択」に影響しますか?恐らくそのような事はしないでしょう。そもそも3か月先、例え1か月先であっても天気予報の精度が高いことは非常に稀で、ましてや精度の低い天気予報によって泊まる宿泊施設を使い分けるといったことはしないはずです。確かに乾季、雨季といった季節性の天候が旅行時期の判断に影響を与えることはあります。ただ、これらはレベニューマネジメントにおいて「シーズナリティ/季節性」として解釈されるもので、天気予報とは別に宿泊施設における年間の季節波動としてより一般的に捉えられ、そのデータは需要予測であるフォーキャストに大いに生かされています。

また、フライトデータの場合はどうでしょうか?例えば都内の宿泊施設において、5月25日、ニューヨークから羽田に飛来するルートの空席が非常に限られていることがわかったとして、それが自施設の需要が高いと結論付けるに十分な相関関係となりえるでしょうか?さらに、5月25日に羽田に着陸する全国際線の8割の座席が埋まっていると仮定して、それが自施設の需要が高まっていると結論付けるデータとなるでしょうか?もちろん、可能性はあるかもしれません。では、それらの需要がすべて都内の宿泊施設に泊まる需要である、つまり相関関係があると言い切れるのでしょうか?そこから乗り継いで他の都市に向かいそこで宿泊する事も十分にあり得ますし、もしその需要の大半が日本人であればその多くは帰国需要かもしれません。そういった観点で、羽田に着陸する航空機の需要が高いからといって、都内の、ある1施設の需要が高まると判断するのはいささか早計のように思います。100歩譲って、5月25日に羽田に着陸する全国際線の8割の座席が埋まっており、その旅客の大半の最終目的地が東京で、なおかつ訪日需要だという事がわかれば、都内の宿泊施設に泊まる需要との相関関係を見出だすことができるかもしれません。一方でそれは何も「自施設だけ」の話ではないでしょうし、そのようにマーケット全体の需要が高まっているようであれば既に予約のピックアップペースにその兆候が出ているでしょうから、参照するデータがフライトデータでなければならない有意性はないとも言えます。

例えば、沖縄などの「島」でその玄関口がある程度限られている地域にとっては、フライトの空席状況がその島の宿泊施設の需要に影響するような相関関係はあるのかもしれません(一方でそれも自施設に限った話ではなく、より一般化された事象だと思います)。私は「フライトデータはまったく役に立たず、そんなものはレベニューマネジメントにおいて一切無益である」とは申しません。そのマーケットの特性やサイズによって、影響を受けるデータの種類とその影響度は大きく異なる、つまりはその相関関係とその度合いによるという事が重要で、数的に明確な相関関係が見られるのであれば大いに活用するべきですし、相関関係がない、もしくは明確にわからないようなデータを参照することに有意性はないと考えます。

繰り返しますが、レベニューマネジメントにおいて「参照するデータが増えれば増えるほどフォーキャストの精度は上がり、販売指示はより洗練される」ということはありません。一般的に、私たちはアクセスできるものが増える、得るものが多くなるとそれは良いことであると吹聴されがちで、新しい可能性にはすぐに目を輝かせて飛びつきがちですが、そのデータがどういったものでどのように生かすことができるのか、そして何よりもそこに関連性があるのかといった点をぜひ冷静に判断したいものです。