ここ数回にわたって「レベニューマネジメントとテクノロジー」として、レベニューマネジメントの場面で使用されることの多いテクノロジーについて順番に解説しています。前回は、レベニューマネジメントにおけるテクノロジーの本丸であるレベニューマネジメントシステムについてご紹介しました。多くの施設でレベニューマネジメントにおけるテクノロジーの必要性は広く認識されているものの、どのようなテクノロジーが良いのか、どのテクノロジーを導入するべきなのかという点が皆さんを悩ませているようです。まずもって、すべての施設において万能のレベニューマネジメントテクノロジーはないこと、そしてテクノロジーだからといって構えることなく、従来のレベニューマネジメントのセオリーに沿った運用がどの程度「洗練されて提供されるか」という観点で、検討していってほしいと思います。
前回はレベニューマネジメントシステムにおいて、必ず備えておいてほしい機能である「フォーキャスト」についてご説明しました。システムの有無に関わらず、レベニューマネジメントとしてフォーキャストをすることは当たり前の行為ですので、「フォーキャストをすること」自体はレベニューマネジメントシステムのメリットにはなりえません。フォーキャストをするという基本機能は必ず備えているべきであるという前提のもとに、ではどのようにフォーキャストをするのかという「方法と洗練度」に違いを見出していってほしいと思います。デマンドフォーキャストをきちんとするのか、マーケットセグメントごと、部屋タイプごとといった粒度細かいフォーキャストをすることができるのかというシステムの特性をはじめ、そのフォーキャスト自体をどのようにするのか、どのようなマーケットデータの影響を受けるのかなど、その方法や質について皆さん自身で自分たちのビジネス環境に適した商品を探求していってください。
販売値の生成
そしてフォーキャストをすることと同じく、レベニューマネジメントシステムに必ず備えておいてほしい機能は「販売値の生成」です。販売価格や在庫調整など、レベニューマネジメントではいわゆる「レベニュータクティクス(販売戦術)」と呼ばれるもので、日々のレベニューマネジメントのオペレーションに欠かせない作業となっています。まずはシステムの有無は脇に置いておいて、実際にレベニュータクティクスにおいてどのような手法があるかをおさらいしてみましょう。
まずは料金コントロールです。「誰もが購入できるその日の1番お得な料金」であるベストアベイラブルレート(BAR料金)をいくらで販売したら良いのか、また同時に販売しているディスカウント料金をいくらで販売したら良いのかなど、「販売料金をいくらに設定したら良いのか」という作業全般が料金コントロールです。これには、既存料金を上げるべきか、下げるべきかという判断はもちろんのこと、価格の安いプランを販売停止にするべきかといった判断も含まれます。
さらには、在庫コントロールも重要なレベニュータクティクスの1つです。部屋タイプごとの在庫を調整し、時には施設全体、またはある特定の部屋タイプをオーバーブッキングして売り上げの最大化を図る手法も取られます。また連続した日にちの空室(ストレートラインの空室)を確保し、連泊需要に対応するために一部予約をアップグレードするなどして空室を絞りだすことや、連泊需要を優先して取ることで、単日だけでなく期間全体の売り上げを最大化することを目指すために、ステイコントロール(リストリクション/宿泊制限)の手法を駆使することも、重要なレベニュータクティクスの1つです。ステイコントロールについていえば、これは何も在庫コントロールだけに限った話ではありません。上記でご紹介した料金コントロールの組み合わされることもしばしばで、例えばBAR料金は1泊からでも予約可能だが、ディスカウント料金は3泊からしか予約が取れないなどの複合的な手法も用いられます。(レベニューマネジメントシステムでは、ハードルという概念を用いるのが一般的です)
上記でご紹介したレベニュータクティクスがより洗練されたレベルで提供されることが「システムが販売値を生成すること」であり、レベニューマネジメントにテクノロジーが導入されたからといって、何もそこに「新たな革命的な販売手法」が導入されるわけではありません。つまりこの「システムが販売値の生成をすること」という観点について皆さんがその良し悪しを見分けるポイントとすると、上記のようなレベニュータクティクスがきちんと行われるのかという点、テクノロジーを用いることによってその方法がどのように進化するのか、洗練されるのかという点、さらにはどのような背景、理由で特定の販売値の生成に至っているのかという、そのプロセスにおいてです。BAR料金のみならず、ディスカウント料金などの複数の料金をコントロールすること、リストリクションなどの販売価格以外のレベニュータクティクスも併用して売り上げの最大化を行う仕組みになっていること、さらにはx月x日はxxxx円という販売値をどのように導き出しているかという仕組みもきちんと把握してください。そこで「AI」などといった幻想的な言葉に惑わされてはいけません。導き出すためのプロセスにAIが使われているのは確かですが、だからといってその仕組みが説明できないという事ではありません。どのような情報を、どの程度参考にし、どのような判断をした上でどのような販売値に結び付けているのか、自らがきちんと納得できるシステムを選んでほしいと思います。
これからのレベニューマネジメントシステム
ここまで、レベニューマネジメントシステムの良し悪しを見分けるポイントをご紹介してきました。繰り返しますが、レベニューマネジメントにテクノロジーが導入されるからといって、今までのレベニューマネジメントのやり方が否定されるわけでも、革命的な新たな手法が導入されるわけでもありません。従来のレベニューマネジメントのセオリーに沿いつつ、その手順や仕組み、質がテクノロジーの導入により格段に洗練されてくるというところがその実態です。それでも、そのようなテクノロジーの導入が施設のレベニューマネジメント業務に与える影響は非常に大きいものがあると思います。今まで人間が1つ1つ判断していた販売値をテクノロジーが生成することにより、その値は常に科学的、客観的な判断に基づくようになります。環境的要因や人間のバイアス、その時々の判断のムラに引きずられることなく、データに基づいた科学的根拠をただ粛々と提示していくのがテクノロジーです。また、どのような状況下においても決められた仕事範囲を着実にこなすこともその利点でしょう。フォーキャストを常に先1年分生成するという特徴があれば、ピークシーズンだろうと他にどれだけ業務がたまっていようと、確実にその仕事をこなしていきます。他方、人による業務はその一貫性に困難を伴うこともしばしばです。先1年分のフォーキャストを常にアップデートしなくてはいけないとわかっていつつも、業務過多でそこまで手が回らない、今週はできたけど来週はできない、そのような不安定さはありません。
一方で、レベニューマネジメントシステムにもまだまだ進化の余地はあります。ここまで何度も「レベニューマネジメントシステムの導入により、革命的で新たな手法が導入されるわけではない」と申し上げました。現在のレベニューマネジメントシステムは、従来のレベニューマネジメントセオリーに沿ったやり方がより洗練され、その作業が自動化されることにその素晴らしさがあります。他方、それはあくまでも過去20年、30年で培われてきた従来のレベニューマネジメントのやり方の域を出ていないという裏返しでもあります。レベニューマネジメントのセオリーが確立して20年以上たちますが、その20年の中でホスピタリティビジネスは大きく変わりました。インターネットの普及による販売チャンネルの多様化、複雑化は、宿泊施設にとっての新たな販売領域である「ディストリビューション」を生み出しました。また、OTAなどに代表されるデジタル領域の販売チャンネルは、サーチエンジンの広告やその最適化など、もはやチャンネルマネジメントの域を超えた施策とその知見を要求し、レベニューマネジメントの至上命題である「売り上げの最大化」を達成するためのレベニューマネジメントとマーケティング、営業(セールス)の境界はますますあやふやになってきています。ところが現実は、多くの施設でレベニューマネジメントとマーケティング、セールスの各部門は明確な縦割りとなっており、その間を取り持つようなテクノロジーの導入も道半ばです。
売り上げを最大化するという命題から始まったレベニューマネジメントは、やがて、売り上げのみならず利益にも目を向けさせる手法へと変貌を遂げてきました。現在のマーケットの状況を踏まえ、1番売り上げが最大化するような条件となる販売値を生成、そのビジネスを抜き出していって組み立てていく仕組みは既にテクノロジーとして提供されていますが、チャンネルコスト等の販売費用全般や人件費、変動費などのすべてのコストを正確にフォーキャストし、なおかつダイナミックなコストコントロールの指示を出すことによって、より能動的に利益を最大化するという仕組みを備えたテクノロジーはまだありません。また、現在のレベニューマネジメントのセオリーの根幹をなしているマーケットセグメントという考え方も、その出発点は「インターネットが普及する前の宿泊施設への予約は、その予約がレジャー目的かビジネス目的かという判別が容易であった」という時代に定義されたものです。現在は出張予約もOTAで行われ、Bleisure(ブレジャ―)という言葉に代表されるように、出張とレジャーを組み合わせた旅行形態も一般的なものとなっています。しかしながら「マーケットセグメントの考え方が既に崩壊している」という懸念は既に幅広く共有されている一方、それに代わるような新たなマーケットセグメントの定義、さらにはマーケットセグメントをベースにした手法自体を変えるような新たな手法はまだ編み出されていません。これについても「テクノロジーだからこそ成しえる」というテクノロジーが担う役割は非常に大きいように思います。
レベニューマネジメントへの様々なテクノロジーの導入は、宿泊施設におけるレベニューマネジメントの在り方を大きく変容させました。テクノロジーのおかげでフォーキャストはより洗練され精緻なものとなり、それをもとに導き出される販売指示も、より複雑かつ高度、売り上げに大きな影響を及ぼす信頼性の高いものへと発展してきました。次こそは、テクノロジーに、レベニューマネジメントのセオリーそのものを新たなものに作り替え、そしてそこに新しいセオリーを自ら作り出していく役割を期待したいと思います。