ここまで複数回にわたって「レベニューマネジメントとテクノロジー」という観点から、レベニューマネジメント業務で用いられているいくつかのテクノロジーとそれぞれの目的、さらにはその本丸ともいえるレベニューマネジメントシステムの仕組みとその役割についてご説明してきました。残念ながら、レベニューマネジメント業務における「All in one」(オールインワン)のテクノロジーはありません。皆さん自身が達成したい目標やその目的に応じて、適切なテクノロジーを選んでいってほしいと思います。

さて、私は現在、ホスピタリティテクノロジー、その中でも特にレベニューマネジメントシステムを提供する仕事に従事しています。私の今までのキャリアにおいて、レベニューマネジメントシステム、およびその関連テクノロジーはあくまでも「ユーザー」としてのものでしたが、今度はそれを提供する立場として、初めてその仕組みを奥深くまで理解し、長らくそのようなテクノロジーを実際に宿泊施設で活用してきたユーザーとしての立場から、また今までとは異なった視点でレベニューマネジメントシステム、およびその関連システムを俯瞰、理解する立場におり、日々新たな発見と勉強の毎日です。

日々、多くの宿泊施設の皆さまと会話をする上で、レベニューマネジメントシステムの役割そのものや、レベニューマネジメントシステムを取り巻くテクノロジー全般についてご質問を頂戴することも多くございますが、今回はその中でもとりわけ多く頂戴するご質問をいくつかご紹介したうえで、複数回にわたってご紹介してきた「レベニューマネジメントとテクノロジー」についてのトピックを終えようと思います。

1.レベニューマネジメントシステムを導入すると、あらかじめ予算を登録しておけば、あとはその予算達成に向けてシステムが自動的に料金管理を含む販売値をコントロールしてくれる

レベニューマネジメントシステムにこのような役割を期待する声は驚くほど多く頂戴します。既に世の中には、目的地を設定すれば自動運転で目的地まで連れて行ってくれる自動運転自動車もありますし、昨今の人工知能の発展は目覚ましいものがありますから、その関連でこのような期待をお持ちになることも不思議ではありません。一方、残念ながらレベニューマネジメントシステムは「ゴール達成装置」ではありませんので、そのような役割はありません。

確かに、一般的にレベニューマネジメントシステムと呼ばれるものは、現在の需要と供給のバランスを鑑みた上で売上を最大化するための「販売値」を自動で生成します。注意していただきたいのは、前回も述べたとおり、この販売値生成のもととなっているのはフォーキャスト、すなわち需要予測であるという点です。フォーキャストはゴールではありません。フォーキャストとはあくまでも「現在の市場環境を踏まえるとX月X日はこのようになりますよ」というシナリオの提示であって、実際に企業として「XXを達成したい」というゴールとは全く性質の異なるものです。

当然ですが、ビジネスの環境によっては「フォーキャストが予算を下回る」ということも頻繁に起こりえます。このような場合においても、フォーキャスト、つまり「現在のビジネス環境を踏まえるとこうなりますよ」という見通しは、その前提となるビジネス環境自体が変化しない限り変わることはありません。一方、宿泊施設を経営、運営する主体としては、仮に予算を下回るフォーキャストが出てきたとしても「そうですか、それは残念です」といって座して待つわけにはいきません。予算達成は企業を持続的に成長させていくための土台となっている数値ですから、もし提示されたフォーキャストが予算を下回るのであれば、その前提となるビジネス環境を変えていく努力、すなわち営業、マーケティングなどの販売促進活動を活発化させていくことによって、そのフォーキャストを結果的に変容させていくわけです。レベニューマネジメントシステムで提示するものは、あくまでもフォーキャストとそれに伴う販売値です。そのフォーキャストが予算等の期待値に達しないのであれば、それをいち早く察知し、追加の商業活動につなげていくのは、他でもない宿泊施設での販売活動に関わるすべての皆さんの役割です。

2.レベニューマネジメントシステムを導入すれば宿泊施設のレベニューマネジメント業務は必要なくなる

レベニューマネジメントシステムはフォーキャストに基づいて、販売値を粛々と生成していきます。もしシステム間の連携が確立されていれば、その販売値はサイトコントローラー等を介して最終的には各OTAまで自動で反映されていきます。そのようなことが実現すると「それじゃ、もうレベニューマネジメント担当者は必要ないんですか?」「あとはお任せで全部やってもらえるんですよね?」という疑問や要望が出てくるのも自然の流れなのかもしれません。

「技術的には可能です。ただ、技術的に可能ということと、実際にそれをするということはまったく意味合いが違います」というのが私の回答です。おっしゃるとおり、現在のビジネス環境に応じて需要の予測を行い、その環境下で一番最適な販売値を生成し、最終的にはそれを末端の販売先まで自動で届けるわけですから、お任せでやってもらおうと思えばもちろんそれは可能です。一方、どのような業界においても、ビジネスを主体的に行っているのはシステムでも機械でもありません。理念やミッション、それぞれの価値観を持ち、それに向かって日々努力を続けていくのが企業活動であり、その結果産み出されてくる「価値」を社会に提供し続けることにその企業の存在意義が見出されてくるのだと思います。販売価格などの販売値も、そのような企業活動における重要なメッセージの1つです。販売値1つ1つがその企業活動を形作り、消費者等、社会に対するその企業からのメッセージである中、それを「システムが自動でやってくれるならあとはお任せで」としてしまうのであれば、その企業の存在価値はどこにあるのでしょうか。「その企業」として、「その宿泊施設」を経営、運営しなければならない意義はなんなのでしょうか。

また先に述べたことと重なりますが、レベニューマネジメントシステムで生成される販売値はあくまでも「現状のビジネス環境」が前提の最適値です。もしそのフォーキャストが企業の目標や方向性と異なる場合、ビジネス環境を変容させていくために行う多くの働きかけは、宿泊施設の販売促進活動全般に及びます。営業活動を強化しホールセールビジネスや団体ビジネスのボリュームを増やしていく、自社会員組織のビジネスを強化するためにその組織体系を見直し魅力を高めて予約方法を整備する、その宿泊施設自体の知名度を上げるために広報活動を強化する、これらすべての販売活動は結果的に宿泊施設全体として取り組むべきものであり、例えばレベニューマネジメントシステムで提示するフォーキャストは、あくまでもそのきっかけを与える役割にすぎません。そのきっかけをきちんと読み解き、そこに新たな販売機会を見出していくことによって販売活動全般へと発展、行動へとつなげていくのは皆さんの役割であり、これが「レベニューマネジメントシステムを導入することによってレベニューマネジメントに人の関与は必要なくなる」ということに対し私が否定的な理由です。

テクノロジーの導入は、とかく「減らせること」に目が行きがちです。テクノロジーを導入することにより人手を減らせる、それにかかるコストを減らせる、手間を減らせる、そのようなコストカットの要因があることを否定はしませんが、私はテクノロジーを導入することでむしろ「増やせること」に注目してほしいと思っています。テクノロジーの導入による業務改善と新たな時間の創出により、レベニューマネジメントが関与できる業務範囲が広がる、複数施設を横断的に見ることができるようになる、より科学的で客観的な指標を用いることにより判断から行動までが迅速化し、それがさらなる売上の成長につながる、これらはすべてテクノロジーが広げる(増やす)新たな可能性です。そして「テクノロジーの導入によってさらに増やせること」に着目し、そのような思考を持つことができる施設こそが、今後も持続的に成長していくのだと思います。