グローバルチェーンのソフトブランドを冠したホテルが、日本市場においても近年かなり増えてきています。このタイプの業態に決まった呼び名はなく「コレクションブランド」と呼ばれることもありますが、各チェーン固有のブランドである「ハードブランド」に対して「ソフトブランド」と呼ばれることが多いように思います。
私が認識している限り、こうしたソフトブランドの多くはフランチャイズの運営形態をとっています。宿泊施設側としては、施設名称やポジショニングをある程度自分たちの裁量で決めることができ、名称だけを見ると一見「独立系ホテル」のような印象を与える点が特徴です。例えば、オーナー企業が自社名を冠したい場合や、グローバルチェーンのブランド色を薄めたい場合には、有力な選択肢となり得ます。「現状をある程度維持したまま、もっと海外送客基盤を強化したい」という理由においても、強い動機づけとなるでしょう。さらに、ソフトブランドという選択は完全な独立系ホテルとして運営するリスクを減らすこともできます。ソフトブランドであってもグローバルチェーンの傘下に入ることで、該当ブランドのエコシステムの規模を享受できるからです。代表的なグローバルチェーンの顧客基盤は「ロイヤリティプログラム」と呼ばれるチェーン独自の会員組織で、個々のチェーンが持つ巨大な会員基盤からの送客を期待できます。「ある程度の独立性や独自性は保ちたいが、グローバルチェーンが持つ送客力もほしい」といった“良いとこ取り”を叶える仕組みのように見え、昨今の日本で同業態が広がってきているのもうなずけます。
グローバルチェーンにとっても、ソフトブランドというのは「あらゆる顧客層に網を張る」という点で、遅かれ早かれ必要とされた業態だったように思います。良いか悪いかは置いておいて、多くのチェーンは顧客層やその趣向ごとに細かいブランドを設定し、より細かいニーズに応えようとしてきました。その結果が、マリオットは30以上、IHGやヒルトンはおおよそ20のブランドを有するという現在の形を作り出しています。ハードブランドほど自らが関与できる裁量は減りますので、ブランディングやサービス品質の一貫性という点では難しい部分もありますが、顧客やオーナーの多様化する要望に応え、チェーンとしての規模をさらに追及していくという観点では重要なビジネスモデルだと感じています。
一見すると、オーナーにとってもチェーンにとってもWin-Winの革新的な業態のように思えますが、私の私見では、ソフトブランドとして運営している宿泊施設が一様に成功しているようには思えません。当たり前ですが、世の中にあるビジネスモデルに「あらゆる観点で素晴らしい」というものはありません。すべてのビジネスモデルには特性や優れた点がある一方で、何かしらの弱点や改善を必要とする点が併せ持たれているのが現実だと思います。
オーナーからすれば「ハードブランドほどグローバルチェーンからの要求が厳しくなく、ある程度独立性をもって運営できる」というソフトブランドの利点は、実はその弱点と表裏一体であり、まさにその点こそが課題であるとも言えます。ブランドの力は絶大です。ヒルトンやマリオットといえば、世界中の多くの消費者が一様に同じものを想像します。日本人であれアメリカ人であれ、その宿泊施設が日本にあろうとアメリカにあろうと、ヒルトンやマリオットは世界共通のブランドです。
一方、ソフトブランドは自らその冠をかぶらないことを選択します。これは「ブランドの認知度を活用したいがためにチェーンに加盟する」という、本来のチェーンが果たす役割を自ら進んで捨てることを意味します。確かに、ソフトブランドであってもブランドの傘の下に入っていることには変わりません。ただ、残念ながら消費者にとって「グレートホテル東京 by ○○コレクション」という施設名は、ブランド認知という観点ではその他無数にある独立系ホテルとほとんど変わりません。ブランド認知という、チェーンに加盟することで最も得られる利点のひとつを活用しないという点で、ソフトブランドは出発地点から大きなハンデを負っているとも言えます。
ロイヤリティ会員基盤の活用という観点でも、効果はハードブランドほど大きくありません。まず先に述べた認知の点でハードブランドには劣るため、ソフトブランドは消費者にとって第一の選択肢になりにくいですし、またチェーンによってはポイントプログラムの設計自体が「ハードブランドにより有利になるように設計されている」こともしばしばあります。したがって、ソフトブランドはハードブランドで期待されるロイヤリティ顧客基盤と同規模の効果を期待してはいけません。
オーナーやオペレーターとしては、ソフトブランドを決してハードブランドと同列に考えてはいけません。チェーン側から考えても、ハードブランドをソフトブランドより優先して考えることはビジネス上自然な選択です。ブランドパワーをより強固なものにしていくという点で、自らの名前を冠しているブランドを強化し、統制がとりやすいブランドに力を入れていくのは、ビジネスの優先順位として非常にまっとうな考え方です。もちろん、チェーンは個々のソフトブランドホテルに対し「あなたたちの優先度はハードブランドに比べると高くない」とは決して言わないでしょうが、誰がどう考えてもそのように結論付けられる事実は、オーナーやオペレーターがしっかりと受け止めるべきだと思います。
これは「コマーシャル部門(セールス、マーケティング、レベニューマネジメント)へのチェーンからのサポート」という点でも同じです。ソフトブランドのホテルは、チェーン本部からハードブランド同様のきめ細かな手厚いサポートを期待してはいけません。施設自らが「ある程度の裁量を自身で望んでソフトブランドを選択した」わけですから、チェーンが提供するリソースを活用して売り上げを作っていくのは他でもない施設自身です。「自分たちの自由はほしい、でもサポートも手厚くしてほしい」という虫のいい話はどこの世界にもありません。またグローバルチェーンの観点からも、それぞれの施設の独自色が強いソフトブランドへの積極的な関与は難しいものです。
以上のことから、私はソフトブランドは非常に難易度の高い選択肢だと考えています。チェーンからの手厚いサポートが受けられない中でも、提供されるリソースを自らきちんと理解し、その仕組みを活用し、自らビジネスを取りに行く積極性が求められます。かといって完全な独立系ホテルではありませんので、チェーンの規律をある程度順守する必要もあります。「チェーンの傘下だから大丈夫」「会員基盤を活用できるから大丈夫」「いざとなればチェーンに頼れば大丈夫」といった“最適解”は、残念ながら期待するべきではありません。
またソフトブランドを運営するにあたっては、グローバルチェーンにおけるコマーシャル戦略とその仕組みを深く理解する人材が欠かせません。グローバルチェーンでの経験や知見がない中でそのリソースだけ与えられても、日本の宿泊施設運営とは大きく異なる仕組みを効果的に活用していくのは至難の業です。場合によっては、「グローバルチェーンでの経験と知見があり仕組みを深く理解していて、その仕組みを活用して自ら自律的に行動し、ホテルのブランドと数字を一から作り上げ、なおかつ継続的に成長させることができる人」という、求められる人材の質がハードブランドより高いという逆説的な現象すら起きてくると考えています。
さらに「顧客基盤を強固にしたあとに、ゆくゆくはチェーンの傘を抜け出して独立系ホテルへ」という出口戦略も、それほどうまくいくかという点において個人的には疑問です。チェーンに加盟するということはそのチェーンのエコシステムに取り込まれ、その経済圏の中で生きていくということですし、加盟する側もそれを期待して入っているはずです。ゆくゆくは独立してという考えを完全に否定はしませんが、顧客基盤はまた初めから作り直しですし、それであればそもそもなぜ最初にグローバルチェーンの傘に入るのかをきちんと検討するべきです。一時的にパフォーマンスが下がり、また初めから数字を作り上げる痛みを覚悟できない限り、ゆくゆくは独立系ホテルへという出口戦略は考えないほうが賢明です。(また実際的な点を挙げると、顧客情報を含むチェーン時に使用しているすべてのアセットは、チェーンから外れる際に契約上、すべて取り上げられるはずです)
ソフトブランドという選択肢によって、より多くのニーズに沿う形で宿泊施設の運営が叶うようになりました。しかし一見すると最適解に見えるこの業態は、その立ち位置の現実や、運営に要求される熟練度の高さという観点でいうと、ハードブランドより難易度の高いものだと考えています。宿泊施設はオープンして終わりではありません。自らの裁量が大きそうだから、自分たちの独立性を保てそうだから、自分たちのホテル名を持てるからといった「パワーバランス」の観点だけでなく、オープンしてその後5年、10年と継続的にビジネスを続けていく中で、ソフトブランドという難しい環境の中でも、自らの力で売り上げを上げ続けていくことができるのか。その問いに向き合うことこそが、ソフトブランドを選択するうえで最も重要な視点だと思います。
