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「つかず離れず」がちょうどいい関係― OTA(オンライントラベルエージェント)とは

この写真は、エクスペディアがまだビジネスを始めたばかりの頃の、そのウェブサイトの写真です。OTAというビジネスモデルが世の中に確立されてまだ20年あまりですが、ホテルにとっても消費者にとっても、その地位はたった20年で確固たるものとなりました。

それまでの消費者は、ホテルを予約するためには街の旅行会社を訪ねるか、ガイドブックからホテルを探して電話するか、もしくはホテルに直接行くかという方法しかありませんでしたが、OTAの登場により、消費者は世界中のホテルについて、1つのプラットフォームから知ることができ、そこで予約を完了することができるようにもなりました。

このOTAの登場は、ホテルのビジネスモデルも激変させました。それまでは電話予約や旅行会社からのパッケージツアーの予約、GDSからの予約などが多くを占めていた予約チャンネルミックスにおいて、ホテルによっては、OTAからのチャンネルシェアが1番高いという宿泊施設も、もはや珍しくないでしょう。今回はこのOTAについて取り上げ、改めてそのビジネスモデルの背景に迫るとともに、ホテルはOTAとどのように付き合うべきかという、今日ではすべてのホテルに突きつけられている課題を見ていきたいと思います。

(OTAとは)

OTAとはOnline Travel Agent (オンライン トラベル エージェント) の頭文字を取っています。このOTAというビジネスモデルを世界で1番初めに興したのはExpedia (エクスペディア) で、当時マイクロソフトのプロジェクトマネージャーとして勤務していたリッチ・バートン氏が1996年、社内プロジェクトとしてそのプラットフォームを作り上げたのが始まりです。その後、このOTAというビジネスモデルは世界で急成長し、Booking.com (ブッキングドットコム)、Priceline (プライスライン)、Orbitz (オービッツ)、Travelocity (トラベロシティ) といった多くの会社が参入するようになりました。

旅行会社に行かずとも、1つのプラットフォームからホテルの検索や予約、支払いまでを完了できるというOne Stop Shop (ワン ストップ ショップ) の環境と、OTAによっては、ホテルにとどまらず飛行機や現地ツアーの予約もできるという「旅行のトータルソリューション」の側面が多くの消費者に受け入れられ、今や旅行場面においてなくてはならない存在となっています。各国におけるローカルマーケットに強みを持つOTA、サブブランドなどに細分化するといまだに星の数ほどあるものの、世界的なブランドという観点から見ると現在は次の3社に集約されています。

Expedia Group (エクスペディアグループ)

基幹ブランドであるExpedia.comでは、ホテルを始めフライト、レンタカー、アクティビティといった様々な旅行要素の予約機能を提供しており、他にもおもに以下のブランドがエクスペディアグループのOTAです。

Booking Holdings (ブッキングホールディングス) 

オランダのアムステルダムに本社を置く基幹ブランドのBooking.comは、ホテル予約に特化したメインブランドですが、以下のようなグループOTAで様々な旅行要素を提供しています。

Trip.com Group (トリップドットコムグループ)

2019年の販売額ベースで、世界最大の旅行会社です。長くCtripという名前で知られていた中国発のOTAで、伝統的に中国内でのビジネスに強みを持っていますが、北米やヨーロッパなど中国以外でのシェア拡大をはかるべく、2019年にTrip.comという会社名へ変更しました。ちなみに、Trip.comとは2017年に当時のCtripが買収したOTAで、この買収後、中国のビジネスは引き続きCtripのブランドを、また中国以外でのビジネスはTrip.comのブランドで展開しています。おもに以下のブランドが、Trip.comの傘下です。

(そのビジネスモデル)

消費者、マーケットの側面から見ると、いずれの会社もオンラインで旅行要素を提供する旅行会社ですが、ホテルの側面から見ると、そのビジネスモデルは以下の2つに分類されます。

Merchant Model (マーチャントモデル)

このビジネスモデルにおいて、ホテルはOTAに対してネット料金と呼ばれる「手数料をあらかじめ引いた宿泊料金」を提供し、OTAは販売する際に、その手数料を積み戻した金額(マークアップ)で販売するという手法です。ホテル予約の際に、消費者はOTAに対して支払いを行い、手数料を差し引いた金額が宿泊費としてホテルに支払われます(事前決済)。このマーチャントモデルで販売を行っているOTAの代表格がExpedia Groupで、その売り上げのおおよそ70%相当分がマーチャントモデルによる売り上げと言われています。

Agency Model (エージェンシーモデル)

このビジネスモデルにおいて、ホテルは販売料金をそのままOTAに提供し、滞在ののちに、手数料をOTAに別途支払います。一般に、旅行会社に非常によく見られるビジネスモデルです。ホテル予約の際に消費者からOTAへの支払いはなく、代わりにホテル到着時や出発時に現地で直接精算を行います(現地決済)。このエージェンシーモデルを採用しているOTAの代表格はBooking.comで、そのビジネスのほとんどがこのエージェンシーモデルからの売り上げと言われています。

単に、その料金体系とそれに関わる支払い体系のみが異なるこの2つのビジネスモデルですが、この違いは、ホテルにとって以下のような影響を表します。

宿泊売り上げへの影響

あらかじめ手数料を引いた金額を提供料金とするマーチャントモデルと、販売料金をそのまま提供料金とするエージェンシーモデルでは、ホテルにとっての宿泊売り上げが以下のように異なります。

・エージェンシーモデル(コミッション10%)

提供料金:30,000円   販売金額:30,000円  販売時の宿泊売り上げ:30,000円

経費としての 販売手数料:3,000円 

・マーチャントモデル(マークアップ10%)

提供料金:27,000円 販売金額:30,000円  販売時の宿泊売り上げ:27,000円

経費としての販売手数料:なし

例え、販売金額として同じ30,000円であったとしても、その手数料がマークアップされているか、のちに経費として支払うかで、宿泊売り上げの記録は異なってきます。手数料分が差し引かれた金額が売り上げとして計上されるマーチャントモデルの場合は、平均単価が下がりますし、手数料をあとから払うエージェンシーモデルの場合は、宿泊売り上げへの影響はないものの、のちに経費(Expense)として手数料が計上されます。レベニューマネージメントにとっては、このマーチャントモデルとエージェンシーモデルを同じ土俵で比べてしまうと平均単価を見誤りますので、例えばマーケットセグメントなどでは「リテールセグメント」と「ネットリテール」などというように、わけて管理する場合もあります。またブランドホテルのオーナーにとっては、宿泊売り上げに応じて本部に支払うフィーへの影響から、この平均単価を下げるマーチャントモデルの方がありがたいという事情もあります。

支払い方法

予約時に、OTAに対して滞在金額を支払うマーチャントモデルと、宿泊時に、ホテルに対して滞在金額を支払うエージェンシーモデルは、支払い方法という点で消費者にとって便益の違いをもたらします。

現在は、オンラインでの支払いを含む決済ビジネスは非常に多様化してきており、日本でも最近は、キャッシュレス化の流れに伴い支払い方法が多様化していることは、皆さんも肌で感じていると思います。日本でも既に様々な企業が独自の支払い方法を提供しておりますが、支払い方法は世界に目を向けるとさらに多様化しています。

その最たる例が中国で、中国は現金やクレジットカードの支払いよりも断然、Alipay (アリペイ) やWechat (ウィチャット) などの電子決済が多く行われています。宿泊費がホテルで支払われる場合、このように多様化した決済機能を幅広く備える能力が「ホテル」に求められるわけですが、一方で、ホテルによって対応する決済機能の幅に大きな差が生じ、それは消費者にとってのホテル選択、または予約するOTAの選択に影響を及ぼします。

それに対し宿泊費がOTAで支払われる場合、「OTA」は一括して決済機能を多様化し備えておく必要はありますが、個々のホテルへ多様化した決済機能を求める必要はありません。消費者に対していかに多様な支払い方法を提供できるか、これは今やオンラインだけでなく、すべての購買場面で求められている重要な点ですが、マーチャントモデルにおいてはその多様化を個々のホテルの事情や能力に頼ることなく、OTAで一括して進められるという利点があります。

レートパリティ

異なるチャンネル間で同じ価格を維持できているかというレートパリティは、今のホテルディストリビューションにおける最大の問題の1つですが、マーチャントモデルのOTAは、一般的にこのレートパリティを崩すきっかけの1つになっていると言われています。本来、マーチャントモデルのOTAは、あらかじめマークアップされた、差し引かれた手数料分を積み戻して、販売金額として販売する必要があります。先ほどの具体例を引用すると、例え提供料金が10%の手数料を引いた27,000円であっても、販売時は10%を積み戻した30,000円で販売しなくてはなりません。

ただ実際は、10%分をきちんと戻さずに例えば8%分だけを積み戻して29,400円とすることによって、自らのOTAの料金を、他のOTAの料金やホテルの自社料金より安く見せようというテクニックが横行しています。OTAとして、自らが少し取り分で「泣いた」としても、少しでも安く価格を見せることによって消費者を自分たちのOTAに引き込もうという、OTAの常套手段の1つです。

(OTAによる巨額の投資とその力)

OTAビジネスの強み、それは何といってもそのスケールでしょう。1ホテル、例え世界的なインターナショナルチェーンホテルが束になってもとても敵わないような確固たるブランドを持ち、顧客の獲得のために巨額のマーケティング費用を投じています。スキフトの調査によると、2019年にExpedia Groupが費やしたマーケティング、および営業費用は6,300億円、Booking Holdingsが費やした同費用は5,900億円といわれております。一方で世界最大のチェーンホテルであるマリオットのマーケティング、営業費用は年間でおおよそ1,000億円です。

世界最大のホテルグループと比較しても、ExpediaやBookingといったOTAは実にその6倍を超える費用を広告などのマーケティングに投資し、顧客を獲得する様々な活動を行っています。この、ホテルとしてとても太刀打ちできないような空前のマーケティング活動の結果、OTAは世界中の消費者を継続的に引きつけ、ホテル単体としては決して開拓できないような顧客をもホテルに送客できるわけです。

(OTAは善か悪か)

5,6年前にインターナショナルチェーンホテルから巻き起こったダイレクトブッキング(直予約)推進の強い波の中で、当初は「直予約は善でOTAは悪」という二元論で語られる風潮が大勢を占めていました。半ば強引なマーケティング手法を用いて大量の消費者を囲い込み、言わばホテルとOTAの関係をズブズブにさせることで手数料を巻き上げてきたというホテル側の強い反感が、このダイレクトブッキングの世界的な流れを引き起こしたからです。

ただここ数年は、そのようにOTAを悪ととらえるような風潮は落ち着き、ホテルとしてどのようにOTAとうまく付き合っていくか、要は「使いよう」だという意見にほとんどが落ち着いているように思いますし、私も同感です。ではOTAとうまく付き合っていくために、ホテルとしてはどのようなことを心がけたらよいのでしょうか?

まずは何と言っても、ホテルとして継続的に、ダイレクトブッキングを推進する施策を行うことです。どうしても中・長期的な関与が求められますし、なかなか劇的なチャンネルミックスの変化は期待できない戦略ですが、ホテルとして直予約を進めたいという明確な方向性と関与、その意思がなければ、知らず知らずのうちにOTAに販売の主導権を握られてしまうことはやむをえません。

例えば、自らの経営資源では到底アプローチできなかったような顧客が、OTAでホテルを見つけ滞在する、この顧客をどのようにリピーターに結びつけ、なおかつ2回目以降の予約はOTAからでなく自社ウェブサイトで行ってもらうか。この仕組みを作り出し、うまく運用することによって、ホテルはアクイジションコスト(顧客の獲得コスト)を中・長期的に下げることができるようになります。この「新規の顧客獲得についてOTAの力を借り、その顧客をリピーターとして次は自社ウェブサイトから予約させる」という使いわけは、ホテルとして中・長期的にアクイジションコストを下げられるだけでなく、「ホテル単体では獲得できなかった新規顧客を、OTAの営業活動で連れてきてくれた」という観点でも、OTAが巨額を投じて行う広告活動の効果を利用した、OTAをうまく使っているアプローチといえると思います。

また、OTAに販売の主導権を握られないために、自らのホテルがOTAでどのように販売されているかという点は、常に注意をして観察しましょう。レートパリティが保たれているかという点を確認することはもちろんのこと、OTAがどのように顧客を誘導しているかという点も常に気を配るべきです。

例えばインターネットで自らのホテルを検索したときに、自らのホテル名をキーワードとした広告に使われていないでしょうか?例えば、下記の香港の有名ホテルの例では、ホテル名をヤフーで検索した時に、「広告」という表示のもとにAgodaとBooking.com、Tripadvisorが上位検索の結果として表示されていますが、これはAgodaとBooking.com、Tripadvisorがこの特定ホテル名のキーワードに対してお金を払い、消費者が同キーワードを検索した時に公式ウェブサイトよりも上位に表示させることで、自らのOTAに誘導させることを目的としています。

ヤフーにおける同ホテルの検索結果。結果上位に、ホテル名をキーワードとして購入しているOTAが独占し、公式ウェブサイトは4番目の表示となっている

インターナショナルチェーンホテルは、その規模を武器に、すでにいくつかの会社がOTAに対し、「インターネット上でホテル名をキーワードとして買う」ことを条項で禁止していますが、規模の点から、なかなかOTAと対等に交渉できない独立系のホテルや宿泊施設に対しては、まだまだこのようなOTAの強引なやり方が横行しています。大切なことは、ホテルとしてOTAのこのようなやり方をきちんと把握しておくことであり、今後もこのようなやり方への異議を継続的に唱えていくことです。何も知らないとただカモにされてしまいますし、知っていてもこんなもんだと思っていれば、OTAに販売の主導権を握られ続ける状況はいっこうに変わりません。

かといって、OTAへの在庫を露骨に削ったり、メンバー料金以外の手法であからさまに自社料金を優遇することもあまり得策だとは言えないでしょう。既に述べたとおり、OTAのそのマーケティングの力は絶大です。うまく利用することにより、ホテルにとっては「他人の褌で相撲を取る」こともできます。たった10数パーセントの手数料で、その何倍の費用に相当する広告活動を行い、ホテルの名前と存在を世界中に届けてくれます。そのOTAに露骨に不利な条件を提示することは、ホテルの検索順位を下に下げますし、そもそも販売条件が良くなければ、OTAとしても一切プロモーションはしてくれないでしょう。OTAがホテルを必要としているように、ホテルも程度の差はあれ、OTAを必要としています。販売条件に差を設けるのではなく、その戦い方、戦う土壌で差別化を図るべきです。

OTAがそのビジネスを興してはや20年がたち、その存在はホテルを含む旅行業界にとってなくてはならない存在となりました。また何よりも、その存在は消費者の利便性を大きく向上させ、旅行の予約の仕方そのものを大きく変えました。ホテルとして決して忘れてはならないことは、いかに自らにとってOTAが煙たい存在であったとしても、OTAというビジネスモデルは、「消費者にとって選ばれたプラットフォームである」ということです。

その利便性ゆえ、多くの消費者をひきつけているということ、それに背を向けるということは、同時に消費者に背を向けることにもなります。繰り返しますが、ホテルにとって重要なことは、OTAからのビジネスをいかになくすかということでなく、OTAといかにうまく付き合って、その力を利用するかということです。そのためには、利用するところはうまく利用し、ただ決してOTAに販売の主導権を握らせないという、ホテルの強い意志が求められています。

引用:Hotel Distribution 2020 Channel Mix/Skift Research

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