旅館におけるレベニューマネジメント―旅館における運用とその課題

ここまで、私は基本的に「ホテルでのレベニューマネジメント」という表現を使ってきました。これは暗に「レベニューマネジメントはホテルでしか適用ができない」ということを表しているわけでは決してありませんし、旅館にレベニューマネジメントが必要ないということも全く思いません。レベニューマネジメントは「いかに売り上げを最大化するか」という問いに一生挑み続ける手法です。そこにホテルや旅館といった、同じ宿泊業界にありながら業態が違うことによる適用の可否などはありません。

私はいままで300室以上の大型ホテルでもレベニューマネジメントにたずさわりましたし、100室程度の中規模ホテルでも同業務にたずさわりました。さらに30室前後の小規模ホテルでもレベニューマネジメント業務に関わりました。この様々な客室数のホテルにおいてレベニューマネジメントを経験することで学んだことは、「客室の規模と販売のしやすさやその手間は比例しない」ということです。300室以上のホテルと30室のホテルを比べた時に、300室のホテルの方が販売がしにくい、難しい、大変ということは決してありません。

客室の多いホテルは確かに販売しなくてはならない商品数は多いかもしれませんが、その分、その数を利用してよりダイナミックに販売していくことが可能です。一方で客室数の小さいホテルは、販売しなくてはならない商品数が少ない代わりに細かい販売能力が求められますし、1部屋が全体の売り上げに与える影響も大きくなります。慎重に販売した結果、結果的に販売を最大化できないこともしばしばでした。

したがって、私はまだ旅館という業態においてレベニューマネジメントを経験したことはありませんが、概して部屋数がそれほど多くない旅館のレベニューマネジメントが簡単であるとは決して思いません。一方で同じ宿泊業界としてそのビジネス形態を観察すると、旅館にはその業界特有のいくつかの文化があり、その業態における客室販売については次のような特徴があり、場合によってはそれらが現在のチャレンジとなっているため、逆に突破口となる可能性があるではないかと考えています

週末ビジネス

これは旅館という業態からくる特徴というより、旅館が郊外の観光地や地方の温泉地に多いという場所の特徴からきているのだと思いますが、週末や連休ビジネスに大きく依存しているという需要の波は大きな特徴と言えるでしょう。基本的にはレジャーセグメントの予約がほとんどである中、消費者のレジャー需要が高まる週末や連休、お盆や年末年始などの特定シーズンや日にちに予約が集中しやすくなることは、もはや構造的にやむを得ないといっても過言ではないかもしれません。

しかしながら、これは同時にブッキングペースを把握しやすいという特徴があることでもあります。大都市圏のホテルはマーケットセグメントも多岐にわたり、それぞれのセグメントにおけるブッキングペースも異なる結果、状況によって全体のブッキングペースにも影響が出てくる一方で、あまり多くのマーケットセグメントがなくそれぞれのブッキングペースも比較的定まっている場合は、その見通しも立てやすくなります。レベニューマネジメントはとにかく不確実性を嫌います。「不確実要素をできるだけ減らし、コントロール可能な幅をできるだけ増やす」ことが前提のレベニューマネジメントにおいて、旅館は取り組みやすい業態であると言えるかもしれません。(ただ、取り組みやすいことと簡単であることは決して同義ではありません)

一方で、この極度に週末に依存しているビジネス形態を変えない限り、1つの旅館単位で最大化できる売り上げはたかが知れているでしょう。宿泊事業は販売単位が決まっているビジネスです。30室の旅館が、土曜宿泊の需要が良いことを理由に土曜日だけ20室を追加することはできません。そうなると、課題は必然的に「週末や連休以外の平日、観光シーズン以外の閑散期の売り上げをどう伸ばしたら良いか」という点になり、勝機はそこにしかありません。この明らかではあるが大きなチャレンジが要求されること、これが私がさきに「取り組みやすいが簡単ではない」と述べた所以です。

まだ私が学生だった頃、ある先生が入試について「90点を100点にするより、20点を30点にする方がはるかに楽だ。そして同じ10点は10点だ。だから得意な科目についてより伸ばすことを目指すより、不得意な科目により力を注ぐようにしなさい」と言っていたことが非常に印象に残っておりますが、ホテルの販売においてもまさに同じことがいえるのではないでしょうか。「空室もない」、「価格も既に高い」、「多くのスタッフが必要」といった週末の売り上げをさらに上げようとするより、現在はまだパフォーマンスが低いけれども、「空室はある」、「売り方にまだ工夫の余地がある」、「スタッフも少し余裕がある」といった平日を改善していく方が、施設としても取り組みやすいのではないかと思います。

ワ―ケーションx 旅館

このコロナ禍において、ワーケーションが非常にもてはやされています。どのホテルもワーケーションに関するパッケージやプランを販売し、言わば「にわかブーム」のような形になっています。私個人的には、このワーケーションが今後も長期的に確固たる成長市場として伸びていくかはまだ疑問視していますが、例え今後、マーケットの規模が現在ほど大きく成長を見せなかったとしても、コロナ禍を機に出てきた新たなマーケットとしての市場を確立することに間違いはないでしょう。

私はこのワーケーションのマーケットにおいて、旅館がそのシェアを開拓していく余地があるのではないかと考えています。ワーケーションとは、仕事を意味する「ワーク」と休暇を意味する「バケーション」を組み合わせた造語ですが、オフィスを離れて遠隔地から仕事をこなしながら、仕事以外の時間は休暇を楽しむという滞在スタイルです。大企業がチームまとめて、研修もかねてワーケーションをするというようなスタイルでは旅館はそぐわないかもしれませんが、企業に所属する社員が単独、または少人数で、さらにはフリーランスの方や1人で静かに仕事をしたい方などにとっては、小規模の宿で落ち着いて仕事をすることができ、合間には温泉や周辺散策などでリフレッシュをして英気を養うといった働き方のスタイルが、旅館という業態にマッチするのではないかと考えています。

思えば、昔から旅館は特に文筆業にたずさわるような人にとって、ワーケーションの場として利用されてきたように思います。名だたる文豪の数多くの名作は、自宅を離れ、滞在先の温泉旅館や療養先で執筆されてきました。部屋にこもって原稿を前に根詰めて作業をする中でも、アイデアを得るために時に散歩をし、そして気晴らしに温泉でも使うという温泉旅館での執筆活動は、このワーケーションそのものなのではないかと思います。

一方で、このワーケーションマーケットを一定程度取り込むには、旅館側にも週末偏重の販売方法からの脱却が求められます。ワーケーションにおいては、場合によっては1週間以上、多くの場合が土曜も含める滞在をすることになるわけですから、土曜の1泊予約を優先的に取っていたのではこのマーケットは開拓できないですし、「土曜を挟まない宿泊であれば予約を受けたい」などといった「いいトコ取り」はできません。土曜1泊30,000円の予約より、日曜到着で翌日曜出発の連泊で70,000円を目指す、まさに売り上げの最大化を目指す意識に変えていかなくてはなりません。

また仕事環境には欠かせない安全で速いWIFI環境の整備や、ある程度の仕事環境の提供といった設備投資も求められるでしょう。また、消費者にとってワーケーションとしての価値に見合う価格体系にする必要もあると思います。先に述べたことと共通しますが、このワーケーションマーケットを開拓していくには「土曜以外の需要を埋めるために」ですとか、「週末需要に影響しない範囲でやりたい」などという、中途半端な取り組みでは成功しません。そういう意味でも、週末偏重からの真の意味での意識改革が必要だと思います。

泊食分離

これも既に旅館業界として長らく検証、および試行が行われてきた課題かと思いますが、特に上記のようなワーケーションマーケットを狙っていく際は、泊食分離の制度を導入することが欠かせないでしょう。1泊2食つきのスタイルは、まさにその名の通り、完全に「1泊2食」層を狙った商品であるといえます。すなわち、金曜まで仕事をして土曜日に1泊宿泊し、美味しいものを食べて温泉に入ってリフレッシュしたのち、また翌週の月曜から仕事に戻るといった典型的な週末需要に呼応する形の商品です。もし本気で週末依存型から脱却をしたいのであれば、結果的に自らが週末、1泊需要を誘導している形になっている1泊2食からの多様化を進める必要があるのではないでしょうか。

豪華絢爛な夕食が提供されるのは、日本の旅館の文化だと思います。したがって、私は1泊2食を廃止するべきだとは思いません。繰り返し述べている通り、週末や1泊需要のマーケットに対しては、先に述べた通り、旅館での豪華な食事が求められていることに間違いはないと思います。そのような1泊2食つきの商品体系も残しつつ、泊食分離の商品体系も販売することによって、旅館における滞在スタイルの多様化を自ら促すことができるのではないかと思います。

これを実現するにあたって1泊2食付きのプラン、1泊朝食付きのプラン、部屋代のみのプランといったように色々な滞在スタイルに応じて商品を作るのではなく、アドオン(パッケージ)のような形で、消費者自らが必要に応じて旅をカスタマイズしていく仕組みが良いのではないでしょうか。部屋代のみのプランを基本としつつ、予約の過程で顧客が「1泊目の夕食を追加するが、翌朝の朝食は組み入れない」、また「1泊目の夕食は組み入れずに2泊目の夕食を追加する」などというように、予約の過程で自由に食事条件を組み合わせていくような仕組みを導入することで、顧客は自らの滞在スタイルに応じて、無駄のない宿泊商品を予約することができます。

滞在型宿泊

上記でワーケーションと泊食分離を例として挙げましたが、これらに共通していることは「いかに週末・1泊のビジネスモデルから脱却し、平日に、なおかつ連泊で滞在してもらう顧客を増やすか」ということです。「旅館で連泊需要などない」とおっしゃる方もいらっしゃるかもしれませんが、これは現在の商品体系、提供している滞在スタイルが、そもそも週末1泊型を自ら促すような形になっていることも大きいのではないかと思います。

ワーケーションに限らず、日本には昔から「湯治」などといった滞在型の宿泊形態も存在します。このように多様な宿泊の形を旅館自らが提案し、少しずつでも滞在型宿泊のシェアを拡大していくことによって、はじめて、旅館としてさらに売り上げを最大化する機会が生まれてくるのではないかと思います。