レベニューマネジメントは、その手法が生まれてまだ間もない経営手法です。「1日あたりの販売数(客室数)が決まっている」というホテルなどの宿泊施設の特性を利用し、その決められた販売能力からいかに売り上げを最大化するかという課題に取り組み続けるレベニューマネジメントは、特にインターナショナルチェーンホテルにおいて、もはやなくてはならない手法として活用されています。
日本においても、特にローカルチェーンホテルなどの比較的規模が大きいホテルにおいて、その手法は徐々に浸透しつつあります。レベニューマネジメントを正しく理解し、その効用を最大限生かすようなオペレーションが実行されているかという点についてはまだまだその途上と言えますが、それでもレベニューマネジメントの文化が少しずつ取り入れられていることは間違いありません。
一方で規模の小さいホテルグループや、単独の施設のみで運用している独立系のホテル、また規模の小さい旅館といった日本のほとんどの宿泊施設においては、まだ、レベニューマネジメントがまったく導入できていないというのが現状かと思います。もちろん、レベニューマネジメントという言葉は聞いたことあるしその重要性はわかっているけど、「知識や専門人材がいない」、「レベニューマネジメントに投資する資金がない」、「レベニューマネジメントを実行するシステム環境がない」というこのレベニューマネジメントの「3ない」状況により、今日まで取り組みを始めることができていないという宿泊施設は非常に多いのではないでしょうか。
レベニューマネジメントは、今現在もその技術革新とともに常に進化、変貌し続けている分野です。レベニューマネジメントシステム(RMS)については、レベニュータクティクスのより正確で迅速な予測や決定、実行を行うための開発が続けられていますし、特にどんどん複雑化しているホテルディストリビューションを理解し、その方向性を踏まえたうえで、会社をさらなる成長へ導いていくような人材を確保することは、例え、東京のホテルであっても至難の業です。そしてそのようなシステムを導入し継続的に更新していく、さらにレベニューマネジメントの専門人材を確保することは、何より金銭面での大きな投資をホテルに要求します。
確かに高度で専門的なシステムを導入し、専門人材を確保することによって得られる果実は多いでしょうが、レベニューマネジメントは何も資金力がある宿泊施設だけの専売特許ではありません。またRMSがなければ何もできないということもまったくありませんし、できることから、現在の資源を活用して少しずつ始めていくだけでも、その効果は十分に期待できるものです。では、今までまったくレベニューマネジメントに取り組んだことがない、そのような環境もないといった宿泊施設は、どこから手をつけていったら良いのでしょうか?
まずは自らを知ること
レベニューマネジメントは、その専用のシステムやRMSがないとできないと思われる方もいらっしゃるでしょうが、そんなことはありません。どのPMSにも恐らく備わっているであろう、簡単なレポート機能を活用して今日からでも始めることができます。
レベニューマネジメントは、その決定にデータを活用します。ホテルにおいては近年、データ活用の重要性が強く叫ばれていますが、レベニューマネジメントはその黎明期からデータに立脚した手法をその特徴とします。しかし、データを取るといっても難しく考える必要は一切ありません。ホテルに関わらず、小売業など、商売をしているすべての事業者は、自らのビジネスの状態を知り、そして次の一手を見定めるために何かしらの数字を記録していると思いますが、レベニューマネジメントにおけるデータもその数字そのものです。その数字を毎日抽出し、日々記録していくことによって見られる変化や特徴、そこから観察されるビジネスのパターンを見出だして、それを将来の販売計画に継続的にいかしていく、このサイクルがレベニューマネジメントです。
データを毎日記録する
まずはPMSのレポート機能を使って、毎日、先365日分のオンザブック(オンハンド)の状況を記録していくことから始めましょう。例えば今日が21年の4月1日だとして、今日の時点での21年4月15日の販売室数や販売売り上げはいくらでしょうか?6月1日についてはどうでしょうか?もし、既存のレポート機能を使ってマーケットセグメント別やチャンネル別の数字も抽出できることができるのであれば、ぜひ、そのような細かい数字も記録していってください。
重要なことは、この数字を毎日欠かさず記録していくことです。予約状況は日々変化します。その機微な変化に気づき素早く行動していくためにも、まるで毎日体温を測るように、日々のオンザブックの状況を記録していきましょう。このオンザブックデータは、あとから振り返って記録していくことができません。例えば4月1日から10日間の間、忙しくてその間の日々のオンザブックの数字を記録できなかったからと言って、11日に、過去の10日分のオンザブックの記録を取ることはできません。その日に記録しなければ、永遠に失われてしまう情報です。
したがって、どんなに忙しくてもローデータ(Raw Data)とよばれるレポートそのもの、数字そのものだけは日々、抽出しておくようにしましょう。実際はそのローデータを、各宿泊施設独自のオンザブックレポートの書式に落とし込んでいくわけですが、最悪、ローデータだけでもあればその数字の加工はあとからでも可能です。
前年同月データが基本
宿泊ビジネスは、往々にして予約がパターン化している場合が多く、これがレベニューマネジメントにおけるフォーキャスト(需要予測)を可能にしています。できる限り同一のデータを比較するべく、基本的には前年同月のデータを比較検討材料とするアプローチを取りますので、例えば21年4月3日(土曜日)の需要予測を行う際には、20年4月4日(土曜日)のデータを比較検討材料とすることが一般的です。
ここで21年4月3日の比較材料を20年4月3日としていない理由、それは曜日を調整する必要があるからです。宿泊ビジネスは決まった曜日波動がある場合が非常に多く、例えば「毎週土曜日の稼働が上がる」という特徴は、典型的な曜日波動の1つです。この曜日波動を考慮せずに絶対的な前年同月値で比べてしまうと、21年4月3日、土曜日のパフォーマンスを20年4月3日、金曜日のパフォーマンスと比較してしまうことになり、曜日波動の特徴を踏まえた分析を難しくさせます。したがって、前年同月のデータを参照することが基本ですが、同時に曜日を調整したうえでのデータを参照するということも忘れてはなりません。
前年同月だけが必ずしも手がかりではない
前年同月のデータを参照して比較検討すると申し上げましたが、それでは今日からオンザブックの数字を毎日取り始めた宿泊施設は、そのデータが蓄積される1年後まで、ブッキングペースを知り、比較検討することはできないのでしょうか?
確かに、予約のパターン(ブッキングパターン)は曜日波動と季節波動(シーズナリティ)の2つの側面から知る必要があります。例えば同じ土曜の予約ペースであっても、繁忙期の土曜宿泊の予約と入り方と、閑散期の土曜宿泊の予約の入り方は異なります。また同じ4月滞在の予約ペースであっても、土曜宿泊の予約の入り方と水曜宿泊の予約の入り方は異なります。これが前年同月データ、つまり季節波動と曜日波動が一致するデータ参照の必要性を裏付けているわけですが、一方で過去のデータがない中でも予約パターンを知ることは可能です。
そもそも、必ずしも前年同月のデータが参考にならないケースもあります。ビジネス環境に大きな変化が起きた際です。その最たる例がまさに、今現在のコロナ禍の状況で、21年4月10日の予約の予約パターンは、緊急事態宣言が発令されていた前年同月のパターンと似通っているということは決してないでしょう。ビジネスを取り巻く環境がまったく異なるからです。このように前年同月のデータがほとんど参考にならない場合は、より直近のデータを参照し、そこにおこる変化をもとにそのトレンドや予約パターンを見出だしていきます。
この直近のデータを参照にしてある程度の予約パターンを見出だしていくアプローチは、何も過去1年間のデータの蓄積がなくても、ある程度データが蓄積された段階でそのパターンを見出だすことが可能な場合もあります。6月第1週目の土曜日の予約パターンと6月第3週目の土曜日の予約パターンの比較は、必ずしも前年同月の比較ではないですが、同じ月の土曜日であり、さらに季節を大きくまたいでいるわけでもなく、カレンダー上、どちらの土曜日も連休を含むなどといった特異性は含まないことから、ある程度の共通項が見られる場合もあります。
例えば、今日は6月第1週目の日曜日、あなたはその6月の第3週目の土曜日の予約ペースが鈍いことに頭を抱えています。昨日の6月第1週目の土曜日は非常に良い実績を残すことができましたが、なぜか第3週目の土曜日のここまでの予約ペースは非常に低調です。ここで電話に手を伸ばしOTAのマーケットマネージャーに電話をして直前割をお願いする前に、類似する予約パターンを見てみましょう。既に前日、6月第1週目の土曜日は終わっているわけですから、その日の完全なブッキングペースが記録されているはずです。
6月第1週目の土曜の予約状況の遷移、ブッキングペースを見ていくと、到着の10日目前を切ってから多くの予約が入り始めているパターンに気づきました。そのパターンをさらに見てみると、10日前から予約のペースが急加速し、7日前にはそのピークを迎えているようです。そこであなたは、現時点において、6月第3週目の土曜日をターゲットとした直前割など自らの体力を奪うような施策を打つのことはやめ、引き続き予約のペースを注意深く観察することとしました。
予約ペースを参照するには、季節波動やその日並び、曜日波動なども全く同じである、前年同月のデータを見ることが適切であることに変わりはありません。しかし、前年同月とビジネス環境が大きく異なってしまっている場合は、より直近のトレンドに注意を向けることによってそこからパターンを見出だしたり、今おこっていることにより焦点を当てることによって予約のペースの機微な変化を見定めるアプローチが取られます。
このコロナ禍によるビジネス環境の激変により、私たちはレベニューマネジメントにおいて、前年同月のデータがほとんど役に立たないという試練に直面しています。過去には湾岸戦争や同時多発テロ、リーマンショックなど、おおよそ10年に1回程度の割合でこのような「前年同月データが参照できない事態」に見舞われており、そのたびに、代わりとなるデータやそのアプローチ方法について試行錯誤が行われています。このような「前年同月データが参照できない際に、どのようなデータを代わりの指標として活用したら良いのか」、この点についてはこのコロナ禍後に改めて、その振り返りやケーススタディなどの様々な研究が行われることが期待され、それにより次のこうした事態に備え、このような状況下におけるアプローチの定石が確立されていくものと思います。