日本のホスピタリティ業界にレベニューマネジメントという考え方が浸透して、おおよそ20年あまりが経とうとしています。レベニューマネジメントという概念やその手法は、今なお進化し続けていますが、そのおもな手法の1つであるダイナミックプライシングは、今やホスピタリティ業界のみならず多くの業界で耳にする、一般的な手法になりつつあります。程度にこそ差はあれ、その活用はいまや鉄道、スポーツ観戦、高速道路などの様々な場面で活用されています。

このダイナミックプライシングという手法が日本のホスピタリティ業界で導入され始めた頃、私はまだ大学を卒業して宿泊業界で働き始めたばかりでしたが、当時勤務していた宿泊予約課で宿泊予約を取る際、価格が上下する仕組みに苦労した経験を何度か思い出します。部屋の価格の問い合わせに回答し、なぜ3日前に教えられた価格と違うのかと言われたり、複数泊の問い合わせに対して、なぜ日ごとに価格が異なるのかという質問や苦言を受けたこともしばしばでした。社会全体にこの手法や考え方がより浸透した今は、以前ほどそのような場面に遭遇する機会は減ったと考えますが、それでも今なお、しばしばその条件によって同じサービス商品の価格が上下することに対する疑問の声を聞きます。私たちはその問いにきちんと向き合わなくてはなりません。

このダイナミックプライシングを運用する私たち、特にそれを設計するレベニューマネジメントに携わる皆さんは特に、この問いにきちんと向き合い、消費者に不信感を抱かれないような努力をする必要があると思います。「業界の慣習だから」「他の宿泊施設がみんなやっているから」ということではなく、皆さんがダイナミックプライシングの仕組みやその功罪を理解する必要があると考えます。

しばしば「”ホテルの客室への宿泊”という同じ商品に対して、それが予約するタイミングや宿泊条件によって価格が異なるのは公平ではない」という議論を耳にします。例えば6月1日にAホテルのスタンダードルームキングに泊まる人と、12月31日にAホテルのスタンダードルームキングに泊まる人は、確かに同じスタンダードルームキングに宿泊します。ダイナミックプライシングの仕組み上、こういった条件の場合は往々にして12月31日に宿泊する方が価格は高くなりますが、その分、部屋の広さが変わるわけでも、アメニティの質が上がる訳でもありません。12月31日に宿泊する人は、6月1日に宿泊する人と物理的にはまったく同じ部屋に泊まるにも関わらず、高い価格を払わなくてはいけません。

ここで「なぜ物理的に同じ部屋に宿泊するにも関わらず、日によって違う料金を払わなくてはいけないのか」という問いに対して同じ視点で答えを嚙合わせることは、実は至難の業です。なぜならば、レベニューマネジメントは「物理的価値」という観点のみには立っていないからです。ここでよく用いられる考え方が「Perceived Value」(価値の受け取り、どのように価値が受け取られるか、主観的価値)という考え方です。

先ほどの例に戻りますと、確かに同じAホテルのスタンダードルームキングという部屋タイプに、6月1日に宿泊する場合と12月31日に宿泊する場合の物理的な違いはありません。どちらも部屋番号さえ違えど、まったく同じ部屋タイプに案内されることでしょう。部屋の設備や受けられるサービス、部屋の備品に至ってまでこの2つの日程において消費者が受けとる商品内容に違いはありません。客観的に見れば確かにそうですが、一方で個々の消費者の観点に立ってみれば、6月1日に宿泊する場合と12月31日に宿泊する場合、その重みが個々の消費者にとって違ってくる場合もあります。

例えば、12月31日に宿泊する人に「まったく同じ部屋を用意するので、2週間早い12月15日からの宿泊にしてください」とお願いしたところで、多くの人がそれを断るでしょう。なぜならば、多くの人が「12月31日にそのホテルに泊まる」ということに意味を見出だしている、つまり12月31日に泊まること自体がその人の価値なのです。毎年必ず、宿泊施設至近の寺社仏閣の初詣に参詣することを習わしとしている人にとっては、12月31日に宿泊しない事にはその目的を達成することができません。また、家族の都合や仕事の関係で普段はめったに会うことができない家族が、12月31日だけは皆で必ず顔を合わせる習わしがあって、年に1回家族が全員揃う団らんの機会だという人にとっては、12月31日にその施設に宿泊するということが、年に1回の家族団らんという、その家族にとってかけがえのない機会をもたらしています。

それらの人たちにとって、12月31日にAホテルに泊まるということは、非常に優先度が高く、主観的価値そのものが非常に高いものとなります。物理的側面からはあくまでも「12月31日にスタンダードルームキングに泊まる」ということに過ぎませんが、その行為そのものの主観的価値、価値の受け取りが消費者にとって異なるということが、ダイナミックプライシングの仕組みの前提になっています。

この「消費者のPerceived Value(価値の受け取り、主観的価値)はそれぞれ異なっており、各々が自らの価値基準に合わせて判断する」という点が、ダイナミックプライシングが運用される上での大きな前提となります。どういう点で異なるのかという点については、下記の要素が挙げられます。

1、時間的要素

これは時間が商品要素の大きな1つであるホスピタリティ業界では欠かせない要素ですが、一方で、これは何も私たちの業界に限った話ではありません。レストランにおけるハッピーアワーや電車のオフピーク通勤の割引の試みなども、この時間的要素の価値の違いを運用に結び付けているケースです。宿泊業界でいうと、事前決済料金を含む早割などもその典型例です。

2、顧客要素

顧客の属性要素による価値の違いを運用に結び付けているケースもあります。宿泊業界においては、例えば特定企業の年間契約料金、シニア割引、顧客組織会員向けの会員特別料金などが該当します。

3、商品やサービス内容要素

商品やサービス内容そのものの構成内容を変えることによって、各々によって異なる価値基準に合わせるものです。例えば同じ「客室に1泊する」という商品であっても、部屋タイプの違いで料金が異なるのは、部屋が大きい/小さい、部屋からの眺めが良い/良くないという商品内容によって、消費者が見出だす価値がそれぞれ異なるからです。チェックイン17時以降、チェックアウト9時までという「ショートステイプラン」もその好例でしょう。

ダイナミックプライシングの考え方そのものから消費者が恩恵を受ける場面もたくさんあると思います。宿泊施設を予約する際、ある施設の、もしくは旅行会社の会員になっていた、そこから予約したがために割引を受けることができたというラッキーなケースは、皆さんも1度は経験したことがあるでしょう。本当は3万円する宿泊料金が、今から24時間以内に予約すれば特別に30パーセントオフという広告を見て、得をした人も多いはずです。さらに、航空運賃がすべて正規料金のみの販売であった場合を想像してみてください。例えば、羽田-新千歳間の1番高い航空運賃(普通運賃)は片道でおおよそ4万5千円近くします。羽田-ニューヨークを検索したところ、普通運賃の場合は片道で88万円という運賃が表示されました。もし航空運賃の料金体系がこの正規料金1本であった場合、多くの人にとって旅行は贅沢品の1つとなるでしょう。実際には、この普通運賃の他にもフレックスなど予約条件によって大幅に安い運賃が出ていることがほとんどで、これも私たち消費者がダイナミックプライシングによって恩恵を受けている代表的な例だと思います。

私はダイナミックプライシングの考え方そのものに問題があるとは思いませんが、重要なことはその仕組みづくりにあると思います。各々で運用されているダイナミックプライシングの仕組みを通して、消費者がそこから納得感を得て、その仕組みによって自らが何かしら価値を感じる(必ずしも金銭的価値のみとは限りません)ことが重要です。

例えば早期割引料金は、「早く予約することによって消費者に金銭的な割引をもたらす」仕組みです。消費者は早めに予定を固めて商品を決済し、原則、そこから予定変更に伴って宿泊予定をキャンセルしたり、変更したりすることはできません。消費者に対して変更や取り消しの制限を課す代わりに安く提供しますという、消費者にとっての金銭的価値の側面が強い商品と言えます。そのプランで予約をした消費者が、到着1週間前になって施設のウェブサイトを見たときに、直前割の名目のもとに、予約時点での支払いが必要ない、自らが予約した早期割引料金よりさらに安い宿泊商品を目にしたらどうでしょうか。このダイナミックプライシングの仕組みにおいて、早期割引商品を予約することの消費者のメリットは、いったい何なのでしょうか?(レートストラクチャーの記事についてはこちらをご覧ください)

これは私が都内の施設で勤務していた際にしばしば発生した事象でしたが、年間の企業契約料金を持っている企業からの宿泊問い合わせの際に「ウェブサイトに掲載されている料金の方が安いのですが」という指摘を受けたことが何回かありました。企業契約料金とは、一般的に特定の条件を課す代わりに宿泊料金が安くなるという、顧客要素に紐づいてその価値を提供する商品です。契約企業が上記のような状況を見つけた場合、彼らが感じる価値とはいったい何なのでしょうか?

ダイナミックプライシングとは、異なるPerceived Valueを持つ要素を異なる属性と組み合わせることによって、より幅広いマーケットリーチを可能にする考え方です。一方で、その異なるPerceived Valueをどのように仕組みに落とし込み、それを運用するか、それはダイナミックプライシング自体の善悪ではなく、各々の企業のその仕組みづくり、運用の仕方に責任が伴うものと考えています。自らが設定するPerceived Valueに対して消費者からの納得が得られないのであれば、それはその仕組みづくりや運用方法に問題があるのかもしれないですし、企業はそのような事態にならないように不断の努力をする必要があると思います。

翻って皆さんの施設はどうでしょうか?ただただ、高需要からさらなる売り上げを得ることのみに終始して、顧客のPerceived Valueという点がおろそかになっていませんか?実際に運用されている料金体系はどうでしょうか?時間要素、顧客要素、商品要素のそれぞれの側面において、整合性の取れた価値の提供が自信をもってできていますか?ダイナミックプライシングの考え方そのものが悪いのではありません。それが誤解されてその考え自体を悪とされてしまうのか、それは私も含めた皆さん1人1人の意識と仕組みづくり、その運用に委ねられています。