ここ数年、特にコロナ禍を経て、ホスピタリティ業界でもテクノロジーを積極的に導入する機運が高まってきています。もちろんコロナ禍前にもそういった兆しは多くありましたが、どちらかというと「あればいい」程度の感覚で「なければないで何とかなる」という雰囲気が大勢だったように思いますが、コロナ禍で急速に進んだコンタクトレスや人手不足の社会状況が、ホスピタリティ業界におけるテクノロジーの導入を「あればよいもの」から、もはや「なくてはならないもの」に変えているように思います。
ホスピタリティ業界におけるテクノロジーの役割は、決して「テクノロジーか人か」の2択ではありません。テクノロジーの導入にまだまだ慎重な組織を中心にそういった懸念や警戒の声も聞こえますが、テクノロジーは使いようです。レベニューマネジメントの分野においても、テクノロジーの活用は既に高次元のレベルで進んでおり、その導入するテクノロジーの洗練度、レベルによっては、ほぼすべてのレベニューマネジメント業務をシステムに任せることも実質可能です。「ほとんど人間が触らなくていいんですか」「レベニューマネージャーはもはや必要ないんですか」というご質問をよく頂戴しますが、私が常に申し上げている点は「”任せることができる”というのと”任せる”というのは違う」ということです。例えどのようなテクノロジーが導入されたとしても、組織の運営主体はテクノロジーではありません。特に、売り上げの最大化というビジネスの根幹に関わるレベニューマネジメントを完全にテクノロジーに委ねるようでは、その企業の主体性、さらには存在意義すらあったものではありません。むしろ、そのような誤ったテクノロジーの使い方やテクノロジーに対する期待そのものが、私たち人間の存在価値を自ら薄めていっていると思います。テクノロジーごとにその役割をきちんと理解しその期待を正しく持つことで、テクノロジーは人間の存在価値をさらに際立たせるものだと言えます。
レベニューマネジメントにおけるテクノロジーについても、実はその目的や役割、次元の度合いによって少しずつ特徴の異なるテクノロジーが存在します。「All in One」のレベニューマネジメントのツールは存在せず、テクノロジーに求めることの目的とその度合いのよって、役割は少しずつ異なります。また人によって「そのテクノロジーに対する捉え方、表現の仕方」も少しずつ異なっており、同じ「レベニューマネジメントシステム」(レベニューマネジメントシステムについてはのちほど解説します)という言葉を使っていても、実はその意味合いがお互いに異なっていて最後まで会話が噛み合わなかったということもしばしばです。システム/テクノロジーの正しい理解は、それに対する正しい期待につながります。それぞれの役割をきちんと理解し、その目的に資する形でそれぞれを組み合わせながら使っていってほしいと思います。
価格巡回ツール
グローバルでは「レートショッピングツール」(Rate Shopping Tool)という用語で説明されるのが一般的です。まれに、この価格巡回ツールをレベニューマネジメントシステムと同義でとらえるケースがありますが、それには少し無理があるように思います。価格巡回ツールは確かにレベニューマネジメントに関するツールの1つではありますが、一般的にレベニューマネジメントシステムと定義するにはその機能が限定的すぎで、実際に両システムの能力性には大きな違いが出てしまう事から、同一視することはシステムに関する期待を大きくはき違える事にもつながりかねません。価格巡回ツールの役割は、その名の通り「競合施設の価格を自動的に巡回してくること」にあります。あらかじめ自らの競合施設、また価格巡回を行いたいチャンネルを設定しておけば、毎日/毎時などの決まったタイミングで該当ツールが自動的に料金をクロールしにいく(調べにいく)仕組みです。この価格巡回ツールはいくつかのベンダーが販売していますが、ポイントは下記のとおりです。
- 複数のチャンネルに巡回しにいくことができるか
多くのベンダーは「複数のチャンネルの価格巡回」に対応しています。特に日本の施設ではまだ、チャンネル間の価格の整合性である「レートパリティ」(レートパリティについては過去の記事を参照してください)が保たれているとは言い難く、それがメタサーチなどの価格比較サイトに大きなビジネスチャンスを与える要因になっています。(私はトリバゴ等のテレビCMを見るたびに、いつも心中穏やかにはいられません)それゆえ、1つか2つの代表的なチャンネルの価格を巡回しに行けば、その料金がすべての販売サイトで展開されていると結論付けることが難しい状況です。各販売サイトでどのような料金が販売されているのか、それが販売サイト間でどのように違うのか、その環境を理解するために複数のチャンネルの価格を巡回しにいく要件は欠かせません。
- 複数の部屋タイプを巡回しにいくことができるか、および同等部屋タイプ同士の紐づけ
価格巡回ツールは基本的に「その施設の基本部屋タイプ(リードインカテゴリー)」の価格を巡回しにいきます。一方で、施設の部屋タイプはリードインカテゴリー以外にもデラックスやスイートといった複数のカテゴリーが存在します。「競合の基本部屋の価格さえわかれば良い」といった安易な考えでは道理が通りませんから、基本部屋以外の部屋タイプの価格もきちんと巡回することができる商品が望ましいと思います。
また、同等部屋タイプ同士の紐づけも重要な機能です。自らの基本部屋タイプが常に競合施設の基本部屋タイプと競合するとも限りません。自らの施設の基本部屋タイプと競合施設Aの基本部屋タイプは必ずしも競合しなくても、自らの施設の基本部屋タイプと競合施設Aのデラックスタイプが競合する環境も十分にあります。その部屋タイプ同士をあらかじめ紐づけ(マッピング)できる機能があれば、常に同等価値の商品同士を比べることができます。
- 複数の商品タイプを巡回しに行くことができるか
複数の部屋タイプを巡回しに行くことが重要であるのと同様に、複数の商品タイプを巡回しに行くことができるかという点についても重要です。価格巡回ツールは、既定としてベストレートの価格巡回をすることが一般的ですが、当然、どの施設も複数の商品を販売しており、場合によっては事前決済など、条件付きのプロモーションがベストレートを下回ることもしばしばです。ベストレートという「誰もがいつでも制限なく予約できる料金」を巡回し比べることができる機能はもちろんのこと、条件に関わらず「最安値」でも価格巡回にできるような機能は、アンテナをより広く張ることになるでしょう。
- 連泊日数条件下の価格を巡回しに行くことができるか
特に訪日需要が多い都市や観光地では、多くの施設が欧米を中心とした連泊需要を獲得すべく、連泊することで価格を割り引くような商品を販売しています。このようなマーケット下では、いくら1泊で料金も検索したとしてもそのような「連泊プラン」の価格は巡回されず、正確な競合料金がわかりえません。「1泊の条件だと十分に競合力のある料金が出ていたが、3泊の宿泊条件で検索すると競合施設の方が10%以上安くなっていた」という状況はよく起こりえます。上記同様、より幅広く網を広げておくために、2泊の場合、3泊の場合というように、連泊の場合の料金巡回もできるような機能があるとより望ましいように思います。
- 価格巡回をしにいく環境
価格巡回ツールの仕組みは実はそれほど難しいものではなく、私たち人間が「Booking.comで3月1日から2泊スタンダードルーム」と価格検索をしにいくのと同じ手順で、それを代わりに機械が自動で見にいっているという仕組みです。多くの施設の皆さまにとっては、レートパリティの問題に関連して、海外OTAがそれぞれのマーケットによって表示させる価格をわけているというテクニックをご存じで、それに頭を悩ませていると思います。日本からある海外OTAにアクセスした時には価格に問題がなく、他の販売サイトとのレートパリティが保たれているように見えたとしても、同じ時間に同じ条件で別の国からアクセスした場合には全く違う価格が出ていて、パリティがぐちゃぐちゃになっていたという事象です。つまり、日本からアクセスしてレートパリティが取れているように見えても、それは世界中あらゆる所のアクセスからパリティが取れているという事を必ずしも意味しないという現実なのですが、それを牽制するためには複数の国のサーバーを有し、それぞれの国から料金を巡回しにいけるような機能を持った商品の使用が望ましいと言えるでしょう。一方で、この点は割り切りともいえると思います。「自分が寝ている時に地球の反対側ではベストレートより20%も安い料金が出ているかも」と考え出したら、夜も気になって眠れません。突き詰めるとあれば良い機能だとは思いますが、上記と比べてその優先度は高くないとも言えます。
先に私は「価格巡回ツールはレベニューマネジメントシステムではない」と申し上げましたが、その理由は価格巡回ツールが上記の通り「競合施設の価格を調べに行く」という点に限定されているからです。確かにレベニューマネジメントにとって、競合の価格を含むマーケット環境を知ることは非常に大切なことです。一方で、競合施設の価格を知っただけではフォーキャストを立てることはできませんし、販売価格などの販売指示を検討、決定することはできません。ましてや、競合施設の販売価格に追随すること、ぶつけていくことはレベニューマネジメントではありません。以上が、価格巡回ツールはレベニューマネジメントの1つのツールではあるが、それ自体をレベニューマネジメントシステムと定義することはできない理由です。