個人的には、日本市場における宿泊施設の「レートパリティ」の問題は、2010年代半ばくらいから顕在化してきたと考えております。厳密にいうと、レートパリティの問題、つまり販売チャンネル間で価格の整合性が取れていない状況は、それこそインターネットが普及し始め、OTAという業態が生まれてきたときから存在しているのでしょうが、初期の段階ではそれはどちらかというと宿泊施設側の課題でした。チャンネルをまとめて一括管理する術がなかったり、一括コントロールから漏れているチャンネルで料金や在庫を更新し忘れたり、更新が漏れたなど、技術やその手法に課題があることにより、「結果的に」レートパリティが保たれない状態になってしまった、というのがその黎明期だったように思います。

この状況を見逃さなかったのがメタサーチエンジンです。宿泊施設においてチャンネル間の価格一貫性がおざなりになっていることに目をつけ、消費者への利便性を名目に、そのような料金の非一貫性を白日のもとにさらす技術が登場しました。2010年代、私は宿泊施設で実際にレベニューマネジメントに携わっていましたが、レートパリティの問題も、当初は「いけない、xxxサイトの料金を変えるのを忘れていた」など、どちらかというとまだ牧歌的な感じだったように記憶しています。それが、メタサーチエンジンによる「チャンネル間のリアルタイムの料金と在庫の透明化技術」の登場により、販売チャンネル間の価格を常に維持し、状況を常にモニターすることが、レベニューマネジメントおよびディストリビューション領域にとっての明確なミッションの一つとなりました。

この段階まではまだ「宿泊施設として正確なチャンネルコントロールに厳に努める」という、言わば自助努力によって規律をきちんと保つことができるような状況を維持することができていましたが、その後、宿泊施設とOTAは文字通り「仁義なき戦い」のフェーズに突入することとなります。それは、OTAによるBtoBビジネスの拡大と、技術革新によるOTA側のより巧妙な価格コントロールを契機にしたものでした。そして今なお、その戦いは引き続き同じような要因、手法を巡って続いています。

先日、業界ニュースサイトのPhocusWireで、宿泊施設がレートパリティの問題で中規模OTAに苦しめられている記事が紹介されました。もともと宿泊施設が注意を払わなければならなかったOTAは、ExpediaやBooking.comなどのいわゆる「メジャーどころ」に限られていましたが、昨今はそのような主要OTAにとどまらない中・小規模(主に特定の地域での販売を強みとする)OTAによる価格のアンダーカット(切り下げ)が猛威を振るっているという内容です。これは、コロナ禍において一時期顕著に見られた「宿泊施設への直接予約の明確な流れ」から、再びOTA予約への揺り戻しが起こっていることの表れとも言えるようです。

123compare.meが毎月発表している「World Parity Report」(ワールドパリティレポート)の5月号によると、該当調査が対象としている世界の主要観光地おおよそ60か所における3ツ星ホテル以上の宿泊施設、のべ6,000件からのサンプル抽出について、2025年4月のレートパリティの平均的状況は下記の通りでした。

このBMLスコアは、すでに施設でレートパリティツールを導入されている方々にはなじみのある定義だと思います。Beat(もしくはWin)は「自社の価格がOTAと比べて有利な状況(自社予約が最安)」、Meetは「自社の価格がOTAと比べて同等な状況」、Loseは「自社の価格がOTAと比べて不利な状況(OTAが最安)」を指します。「少なくともOTAでの予約条件と比べて自社予約が不利であってはいけない」という前提に立つと、平均で65%の施設においておおよそレートパリティが保たれている状態、35%の施設においてレートパリティが保たれていない状況であることがわかります。

「世界的に見るとおおよそ65%の宿泊施設においてレートパリティが保たれている状況」、この事実に対して皆さんの率直な感想はいかがでしょうか。パリティの管理という観点で、それなりの数の宿泊施設が健闘しているじゃないかと思われた方もいらっしゃるかもしれません。実際には宿泊施設の形態や地域によっても、かなり結果にバラツキが出るのではないかと思っており、「65%だから良い・悪い」と結論づけるのは早計です。

例えば同じ宿泊施設でも、グローバルチェーンの宿泊施設は、技術、料金の仕組みと規律、購買力の点でOTAと対等、場合によってはそれ以上に宿泊商品の物流・ディストリビューションをコントロールできる立場にあり、レートパリティを保ちやすいという環境状況にあるでしょう。また、このようなグローバルチェーンの宿泊施設の割合が多い北米では、レートパリティが保たれている割合が高いのかもしれません。一方で、中・小規模の独立系の宿泊施設が多いアジアやヨーロッパでは、Beatの割合はもう少し下がるのではないかと思っています。

同じレポートでは、「どのOTAが実際に宿泊施設の価格を削っているのか」という各OTAごとのBMLスコアも公開されています。

悪名高き1位にランクインしている「Traveluro」に至っては、調査対象の7割、実に10件に7件において、公式ウェブサイトの料金よりも下回った料金、すなわち料金をアンダーカットしている現状が観察できたようです。日本の宿泊施設にとっても、もはや「名前を見るだけでため息が出るような」常連OTAもちらほら見え隠れしますが、私にとっては「初めて聞くOTAばかり」というのが率直な感想です。

一方で、この「誰も聞いたことがないOTA」こそが、冒頭の記事で紹介されていた中・小規模のOTAであり、このような中・小規模OTAは、日々、新しい会社が興されては消えていくというのが現状でしょう。

これら中・小規模のOTAは、ほとんどの宿泊施設にとって「聞いた事のないOTA」ばかりですが、なぜ宿泊施設にとって契約をしていない、聞いたことすらないこのようなOTAがその宿泊施設の料金と在庫を持ち、販売できるのか。さらに、公式ウェブサイトより安い料金で販売できるのかという仕組みは、以前にも述べた通りです(過去の記事「レートパリティの迷宮へようこそ」参照)。このような中・小規模OTAは、ベッドバンクなどのホールセラーや主要OTAから「卸料金」の名目で料金の供与を受け、卸料金の前提となる「交通やアクティビティ等の他の宿泊商品と抱き合わせて販売する」、または「宿泊単体で販売する場合はBAR料金までマークアップして売る」といった規則や商習慣を守らず、卸料金をそのまま、もしくは自らの利幅を削って消費者にさらしているという手法を使っていることはよく知られています。

同じWorld Parity Reportでは、「販売価格が高い(高価格帯)ほどパリティが崩れやすい」という現状も報告されています。宿泊施設の販売価格がその市場の平均販売価格より40%高い場合(高価格帯の宿泊施設)におけるLoseの割合は42%、一方で市場の平均販売価格に近い宿泊施設のLoseの割合は40%、さらに平均より40%以上低い価格帯の宿泊施設のLoseの割合は33%となっています。これらの数字を見ると、「価格が高い宿泊施設ほどパリティが崩れやすい」、つまりOTAによる価格の切り売りの餌食になりやすいという現状が浮き彫りになります。

上記で述べた「独立系の宿泊施設ほどパリティが崩れやすい」という点とあわせて考えると、「ある程度の高価格帯」でかつ「独立系の宿泊施設」ほどパリティが崩れやすく、OTAに狙われやすいという傾向があるといえます。

では、なぜ高価格帯の宿泊施設が狙われやすいのか。それもまた、仕組みは先述の通り、以前紹介した内容と似通っています(「レートパリティの迷宮へようこそ」参照)。該当記事では、宿泊施設として取りうる対策の一つとして、「ホールセール料金を年間固定モデルからダイナミックモデルに変更する」という方法を挙げました。ここでは詳細は繰り返しませんが、一般的にBAR料金が上昇し、年間固定契約料金との差額が開いてくると、それがOTAにとって料金を切り下げる余地の大きい狙いどころ、すなわち「スイートスポット」となります。

差が開けば開くほど、OTAにとってはそれに並行して利幅が広がりますから、「多少、自らの利幅を削ってでも、価格を切り下げて販売したほうが儲かる」というインセンティブが働きます。

高価格帯の宿泊施設も同様です。宿泊料金が高ければ高いほど、旅行会社にとっては定率の手数料で得られる金額が大きくなります。例えば、1泊50,000円の施設に10%の手数料を乗せると5,000円になります。仮にこのうちの1,000円分を自らが被って、その分だけ価格を下げて販売しても、残りの4,000円は確保できる、2,000円を削っても3,000円が残ります。手数料が「ゼロ」か「3,000円」かという選択肢であれば、当然ながら3,000円でも欲しいと考えるのは自然な心理です。これが「高価格帯の宿泊施設が狙われやすい」背景です。

残念ながら、「ディストリビューションがきちんとアップデート・整理されておらず」、「年間固定のホールセール料金のビジネスモデルに依存する体制から抜け出せておらず」、「独立系でOTAとの交渉力が弱く」、「比較的高価格帯で販売している」宿泊施設については、これらの条件が解消されない限り、今後もレートパリティに苦しめられる状況は続いていくと考えられます。

そして残念ながら、レートパリティの維持に「特効薬」はありません。その多くは対処療法に終始しますが、それでも粘り強く取り組んでいくしかありません。

料金の仕組みである「レートストラクチャー」を見直しましょう。
 BAR料金を中心とした、「自らで把握が容易でコントロール可能なシンプルな形」に整理しましょう。各OTAや旅行会社ごとの特別料金やディスカウント料金を作成しすぎて、「いったいどの価格が、どのチャンネルに、どう出ているのかすら分からない」という宿泊施設をあまりにも多く見かけます。自分たちですらコントロールできない、分からない料金体系でパリティを維持するのが極めて困難であることは、言うまでもありません。

テクノロジーを活用して、継続的に監視しましょう。
 現在は、各テクノロジーベンダーがレートパリティを自動的に監視できるツールを、比較的安価に提供しています。なかには、「聞いたこともない中・小規模OTA」から実際にテスト予約を行い、どこから料金が漏れているのか突き止めてくれる機能を備えたツールもあります。こうしたツールの導入によって、レートパリティの問題が完全になくなるわけではありませんが、継続的な監視と迅速な対応により、その頻度は確実に減少し、契約OTAやホールセラーへの牽制にもなります。

特定OTA向けのプロモーション料金の実施については、慎重に検討しましょう。
 OTA側から「アメリカ発向けのプロモーションをやりませんか」「弊社会員限定のキャンペーンをやりませんか」などと提案される「限定プロモーション」には注意が必要です。私はこれだけ世界中の販売ネットワークが張り巡らされた今のディストリビューションの世界において、「販売先を限定してコントロールする」などという手法は、もはや成立しないと考えています。OTAの営業担当者が「会員限定ですから」「○○国からしか見られませんから」と言ったとしても、今や宿泊施設の商品は、私たちが想像もしない場所でつながり、想像もつかない形で販売されています。特定のOTAにプロモーションを行うということは、宿泊施設自らが、OTAに対して価格を切り下げる免罪符を渡してしまうことと同義です。

ビジネスミックスを継続的に見直しましょう。
 当たり前のことではありますが、レートパリティが崩れる原因が「OTAやホールセラー」にあるのであれば、それらのチャネルにビジネスが過度に依存している限り、宿泊施設はこの問題とずっと向き合い続けなければなりません。逆にいえば、それらの販売先への依存度を減らすことが、レートパリティの問題を軽減することにつながります。特定OTAでプロモーションを行ったり、特別料金を出すためのコストがあるのであれば、その分を「自らの宿泊施設の魅力向上」に投資し、直販チャネルの強化に注力すべきです。それが結果として、「どのチャンネルで販売されていても選ばれる宿泊施設」になるための第一歩であり、直予約比率の向上、ビジネスミックスの健全化にもつながっていきます。