前回の記事では、私の感覚でレベニューマネジメント習得の過程において、セオリーの学習などの静的コンテンツから学ぶことができるものが全体の2,3割、残りの7,8割は実際の業務から学ぶ実践的内容によるものだという点をご紹介しました。私の過去の記事を振り返ると、参考文献などのご紹介をほとんどしてこなかったと思いますが、今回は私にとって非常に印象に残っている、今でも折に触れて繰り返し読み返すレベニューマネジメントの著書を紹介したいと思います。

2022年に出版されたDave Roberts著の「Hotel Revenue Management: The Post-Pandemic Evolution to Revenue Strategy」は、その副題こそ「パンデミック後のレベニューストラテジーへの進化」で、パンデミックを受けてどのようにレベニューマネジメントが進化したかという切り口で紹介されてはいますが、この本には例え時代が変わっても色褪せない、レベニューマネジメントのエッセンスが詰まっています。

私も今まで多くのレベニューマネジメントの良書に出会ってきましたが、多くの本が「レベニューマネジメントを概念的な角度で紹介し今日から現場で実践できるテクニックというよりかはレベニューマネジメントの考え方そのものに新しい視点を与えてくれるもの、新しい考え方へ誘導してくれるもの」と「レベニューマネジメントをより実践的な角度で紹介するもの、今日から現場で活用できるテクニックを含み、自身のレベニューマネジメントテクニックの引き出しを増やしてくれるもの」のいずれかに大別され、なかなか両方をバランスよくカバーしている著書には出会えません。

一方、普段からレベニューマネジメントについて皆さんにご紹介する機会に多く恵まれる私は、この両面をバランスよく簡潔に紹介することの難しさを非常によくわかっているつもりです。従って、私自身もそのテーマによってどちらかに寄せて紹介する、勉強するのが常ですが、この著書はその両面を兼ね備えており、繰り返し読むことによって新たな引き出しを増やすことができるのはもちろんのこと、レベニューマネジメントの考え方そのものを再構築させるインスピレーションさえ持ち合わせています。

この著書の中で次のようなくだりがあります。「数年前、私はIATA(国際航空運送協会)の会議に参加する機会があり、この時に行われたアメリカのある主要航空会社の基調講演についてよく覚えています。その基調講演で彼は「レベニューマネージャーとして、皆さんがその職務で果たすことができる1番重要な役割は、皆さんの周りにいるセールス、マーケティングといった販売を担う役割の人たちに対して、ディスプレイスメントとダイルーションの考え方を教育することだ」(著書からそのまま引用)それ以来、この言葉は常に私の念頭にあり、できるだけ多くの機会に、できるだけわかりやすくこの考え方を伝えるように努めています。ディスプレイスメントについては以前も「グループ料金をどのように導き出していますか― ディスプレイスメントアナリシスとは」でご紹介しましたが、今回改めてディスプレイスメントとダイルーションについてご紹介したいと思います。

ディスプレイスメントとは英語の「Displacement」からきており、日本語に直すと「置換、置き換わること」という意味です。以前の紹介では団体ビジネスの文脈でご紹介しました。皆さんは問い合わせがきた団体ビジネスについて、どのような基準で「受ける、受けない」を決めていますか?また仮に受けるとした場合、その販売価格をどのように決めているでしょうか?この受ける、受けない、いくらで提案するか、という判断をレベニューマネジメントのセオリーに基づいて導き出す際に使われる手法が、ディスプレイスメントアナリシス(ディスプレイスメント分析)です。

その問い合わせがあった団体ビジネスを受け入れることによってディスプレイスメント、つまり既存ビジネスとの置換が発生するのか、もし発生するようであれば置換されるビジネスと比較した際の金銭的価値の比較を行う分析で、その考え方はいたって論理的です。もし12月1日から1泊50部屋という団体ビジネスの問い合わせを受けたとして、それによってのちのちに断るビジネスが一切出てこない(該当団体ビジネスも、これから入ってくる予定のビジネスもすべて受け入れ可能で、総客室数内でまかなうことができる)ということであれば、ディスプレイスメントは発生せずその団体を受け入れる数字上の裏付けを見出すことができます。

一方、該当団体ビジネスを受け入れることによって空室状況がひっ迫し、その結果、のちにピックアップが予期されている一定のビジネスを受け入れることが難しい場合に行うのがその金銭的価値の比較で、予期されているビジネスを断ったとしても団体ビジネスを受け入れる方が金銭的価値が高い(団体料金が高い、客室以外にも宴会場やミーティングルームなどの利用がある)のか、団体ビジネスを断ってもともと予期されているビジネスを手堅く積み上げていった方が最終的な売り上げが最大化されるのか、その両シナリオの比較によって団体ビジネスの受け入れ可否、および受け入れる場合の団体料金を査定します。

目の前にある程度まとまった団体ビジネスを見せられると誰もが色めきたち、その誘惑の駆られ、ある程度の犠牲を払ってもそのビジネスを取りに行こうとします。一方、ディスプレイスメントアナリシスはそのような近視眼的な視点を戒め、あくまでも最終的に売り上げが最大化するという観点でベストな選択肢を提示します。

さらに、このようなディスプレイスメントが発生する可能性は、何も団体ビジネスのみに限りません。FIT、個人客のビジネスにおいてもこのようなディスプレイスメントの状況は常に発生し、だからこそ、レベニューマネージャーはこのディスプレイスメントの概念をきちんと理解し、それを念頭に置いたうえで日々のオペレーションを行う必要があります。

皆さんは先々のパフォーマンスが思わしくない場合、どのような施策を取りますか?このような状況で多くの施設がとる代表的な施策の1つがプロモーションです。その大部分が価格由来のプロモーションで、価格を下げることによってより多くの需要を喚起することを狙いに行く施策です。私は過去に何回も、ディスカウントなどの価格由来のプロモーションはほとんどの場合で追加の売り上げを見出さないこと、さらにその他のディスカウントの悪影響などについて述べていますが、その「ディスカウントの効果」をあらかじめ検証する上で行わないといけない分析の1つにも、このディスプレイスメントアナリシスは含まれます。

これは誰もが経験があることかと思いますが、価格由来のプロモーションを行うことによって予想以上にお部屋が埋まってしまって、そのあとに「高い料金を払ってでも泊まりたい」という問い合わせが来たにもかかわらず、空室がなくて予約に誘導できなかったという状況、これもまぎれもないディスプレイスメントの典型的な一例です。宿泊施設の予約は「早い者勝ち」ではありませんし、到着の60日前にすでにオンハンドが90%に達していようが、それはまったく意味のないことです。

重要なことは、到着日を迎えてその日が終わった時点で売り上げが最大化されていること、それを達成するためにリードタイムとフェンスを組み合わせて計画的に予約を積み上げていくこと、それにつきます。