前回、および今回は企業の契約料金更新プロセスに伴い、施設として「すること」および「してはいけないこと」を取り上げています。特に東京など大都市圏の施設にとって、企業契約料金(コーポレート)セグメントの割合は少なくないシェアを占めており、このセグメントの扱いをどうするか、どのように考えるかで、今後の成長の仕方やその形は大きく異なってきます。

前回は企業契約料金の更新プロセスにおいて、施設としてすること(するべきこと)をご紹介しましたが、今回はしないこと(してはいけないこと)を描写したいと思います。いずれも、多くの施設でよく行われている手法で私も実際に何度も目にしていますが、そのようなやり方を取る前に一度立ち止まって考えてほしい点です。

1,企業契約料金だけを独立して考える

まず「A企業の25年の契約料金はxxxx円、B企業の25年度の契約料金はxxxx円、それぞれ今年から5%上げくらいであれば何とか受け入れてもらえるだろう」と、営業部、担当者単独で個々にいきなり契約料金を決めてはいけません。当たり前ですが、コーポレートセグメントは施設における宿泊売り上げの構成要素を占める1つの重要なピースです。全体を踏まえずに各セグメントのピースのみで物事を判断しては、レベニューマネジメントストラテジー自体を誤ります。「個々の企業の来年の契約料金がxxx円」という話は、まず来年のコーポレートセグメント全体がどのようになるかが追及され、さらに来年の宿泊の売り上げがどのようになるかが追及された上で導き出される、最終的な結果に過ぎません。

レベニューマネジメントストラテジーを組み立て、指揮していくのはレベニューマネジメントの仕事です。よって、レベニューマネジメントの関与なしにコーポレートセグメント全体をどうするか、さらには個々の契約企業の料金をどうするかを営業部で勝手に決めてはいけません。一方で、レベニューマネジメントの方は「コーポレートセグメントは営業部の仕事だから」と営業部に該当セグメントの扱いを丸投げしてはいけません。企業の経営目標に沿う形でレベニューマネジメントストラテジーを組むのはレベニューマネジメントの仕事であり、コーポレートセグメントはその構成要素の重要な1つです。レベニューマネジメントストラテジーを営業部全体にきちんと説明し、理解を得て、そこから個々の契約企業料金に落とし込んでもらったり、実際にアクションを実行してもらう、この一連の作業にはレベニューマネジメントと営業部の緊密な連携が不可欠です。

2,今年から一律でxxx%上げる

ホスピタリティビジネスは、マーケットセグメントの組み合わせいかんでその性質は大きく変わってきます。以前にも述べた通り、宿泊施設の形態によってはBAR料金を上げたことによる全体への影響は限定的な場合すらあり、宿泊施設全体の平均単価に大きな影響を及ぼす要因が各マーケットセグメントのシェアと、その組み合わせ方です。したがって、「来年は今年から10%、全体の売り上げを上げなくてはならないので、すべての企業契約料金も今年から10%上げます」といった単純な話ではありません。

  • 来年度の売り上げを10%上げるために、一部の企業契約料金を20%上げなくてはいけない。
  • 来年度の売り上げを10%上げるために、一部の企業契約料金を5%上げなくてはならない。
  • 来年度の売り上げを10%上げるために、一部の企業契約料金を更新しない。(契約を終える)
  • 来年度の売り上げを10%上げるために、契約企業を増やさなくてはならない。
  • 来年度の売り上げを10%上げるために、契約企業を減らさないといけない。

上記に記載した例はいずれも、「来年度の売り上げを10%上げるため」に施設が取りうる方向性を示した一例です。売り上げを10%上げるという一見単純な目標に対してもアプローチの仕方は様々で、そのアプローチにより出てくる結果は少しずつ異なってきます。(例え、すべての結果において売り上げが10%上がっていたとしてもです)

3,競合に合わせた価格設定にする

これはBAR料金設定の際にも多くの宿泊施設で見られる行動ですが、単に競合施設の料金だけを指標にして契約料金を決めてはいけません。「競合施設が今年より5%上げるらしいからうちも5%上げよう」「競合施設が今年より10%下げたらしいので、うちは12%下げないと勝てない」、価格を考慮する時は、いかなる場合でも「競合あっての自社」といった近視眼的な見方をしてはいけません。まずは、常に「自分たちはどうしたいのか」この大前提に立ったうえで、競合料金を1つの参考要素して検討するようにしましょう。

4,価格交渉のみに執着する

最終的に交渉の決め手となるのは価格であることが多いのは事実です。だからといって価格だけを見て、価格だけをネタに交渉を進めてしまっては、多くの場合、勝つか負けるかのゲームとなります。多くの交渉事において、100%の勝利、100%の敗北といった状況はあまりありません。始めこそそのような意気込みで交渉に挑んだとしても、結果的にはお互いに落としどころを探ったうえで決着するのが交渉事です。

企業契約料金の更新は、言うまでもなく施設と相手方があっての交渉事です。実際に施設の希望通りに要求が通ることなどほとんどなく、どこで妥協できるかを探るのが現実です。企業契約料金の更新がレベニューマネジメントストラテジーに影響を及ぼすのは、何も価格の上下だけではありません。LRAからNon-LRAへの移行、また固定料金から変動料金の移行についても、この仕組みの変更自体が売り上げの上下に大きく影響します。既に述べている通り、一口に「コーポレートセグメントの売り上げを10%伸ばす」といっても、そのアプローチの仕方は価格の上下からLRA/Non-LRAのコントロール、ダイナミック料金の導入まで様々です。契約時はどうしても価格だけに目が行きがちで、営業部、レベニューマネジメント、また契約企業も含めて皆の目が「価格の上げ下げ」のみに行きがちですが、色々な条件を加味しながら硬軟織り交ぜて最終的に妥結させるのが、レベニューマネジメントと営業の技の見せどころです。

もし1つのアカウントに対して契約料金を複数持つことができるのであれば、LRA/Non-LRAの料金を使いわけて設定するのも一計です。つまり「割引率よりかは、例えピークシーズンで価格が上昇しがちな局面であっても、いつでも契約料金で予約できる選択肢」と、「ローシーズンの時には突っ込んだ契約料金で予約できる選択肢」を2つ用意しておく、料金は多少高いがピークシーズンでも最後まで予約できるLRA料金と、料金はLRA料金より安いものの、需要により施設の権限で料金の開け閉めが可能なNon-LRA料金の2段階の料金設定は、企業と施設の双方にとってその使い方により折り合いをつけられる、有効な手段の1つです。

5,次年度の契約料金しか頭にない

中期的に視点になって考えることも肝要です。施設として、コーポレートセグメントを3年後にどうしていきたいでしょうか?マーケットミックス上で今から増やしたいですか、減らしたいですか?そのためには個々のアカウントを今後どのように扱っていけばいいでしょうか?そういった視点に立って考えると、今年の交渉においては10%の値上げを頑なに主張する必要はないかもしれません。その代わりにNon-LRAを飲んでもらって上げ幅を3%におさえる、ただし来年の上げ幅は5%以上になることをあらかじめ伝えておく、これにより今年の交渉は妥結し、来年の交渉を先んじて牽制しておくことで、来年の交渉もやりやすくなるかもしれません。

企業契約料金の交渉は、何も価格の上げ下げがすべてではありません。また来年の目先の契約料金だけを考えて一喜一憂するものでもありません。企業はずっと継続的に成長していかなくてはならず、その1つの通過点として来年の契約料金更新をどう考えるか、そのような包括的な考え方と中期的に視点を忘れずに取り組みましょう。