ADR (平均単価)をあげるにはBARを上げる?-ADRを上げるために必要なアプローチ

過去10年のインバウンドの追い風で、ホテルはADRを上げられたか

今でこそコロナ禍でADR(平均単価)を上げようという機運は鳴りをひそめましたが、コロナ以前の日本のホテルの課題は、まさに「どうやってADRを上げるか」という事であったと思います。19年にはすでに明らかにホテルのパフォーマンスには陰りが見え始めており、ADRの力強い伸びを感じる機会は少なくなっていましたが、それでも中期的な観点から見ると15年、16年をピークにADRが上昇基調にあったのは事実です。

一方であれだけインバウンドの追い風があり宿泊産業全体が活況にあった中でも、多くのホテルがその需要に見合うだけのADRの十分な底上げができたかというと、必ずしもそうとは言えないと思います。STRなどのマーケットデータを参照すると、ホテルクラスによってその上げ幅に差が出たり、さらにはエリアや曜日ごとの上げ幅にも大きく濃淡が出た結果、過去5年間で大幅にADRを底上げできたホテルもあれば、5%、10%程度しか上げることができなかったホテルもある状況です。

そして今でこそ、ADRを要因として売り上げを最大化させていくアプローチをとることは難しいものの、必ずや訪れる需要の戻りが始まった際には、ホテルは一気にギアを上げて、このコロナ禍においてダメージを受けたADRをもとのレベルに戻していかなくてはなりません。

過去の様々な研究により明らかになっている点として、2008年の金融危機において大きなダメージを追ったホテル業界は、世界的に見ると、そのADRを金融危機以前の状態に戻すのに4、5年の期間を要しました。稼働率はすぐに危機以前のレベル以上に回復したにもかかわらず、平均単価がなかなか回復しなかった背景、これは危機により非常に大きな打撃を受けたホテル業界全体が、長年そのトラウマに苦しんだ結果、稼働率依存の体質からなかなか抜け出せなかったということを裏づけています。とりわけ日本は11年の東日本大震災もあり、世界の他の地域以上に単価の回復に苦しんだわけですが、15年、16年の平均単価の大きな伸びを迎えるまでに、やはり震災後から4,5年の月日を必要としました。

今回のコロナからの回復期においては、同じ過ちを繰り返してはなりません。国境が解放されレジャー需要を中心に力強い需要の戻りが見られた際は、一刻も早くADRを以前の状態に戻すことに集中していかなくてはなりません。当初はどこのホテルでも見られるであろう「稼働の呪縛」からいかに早く脱却し、ただ売り上げを最大化することだけに注力していけるか、まさにホテルとレベニューマネージャーの真価が問われると言えるでしょう。

さて、いまこの項をお読みになっている皆さん1人1人が、あるホテルのレベニューマネージャーであると仮定してください。総支配人から「来年は平均単価を10%上げるように」と言われた場合、あなたならどのような施策を取りますか?恐らく少しでもホテルの業務に携わっている方であれば、「料金(BAR料金)(ベストアベイラブルレート)を上げれば良い」とお考えになると思います。またコロナ禍以前には、ADRを少しでも上げようと、実際に日々の価格コントロールに苦心していた方もいらっしゃるのではないでしょうか。

この「料金を上げることによって全体のADRを上げていく」というアプローチは、非常に一般的な方法ではありますが、場合によっては効果が限定的な場合もあります。最悪の場合、ほとんど効果がないホテルもあるかもしれません。そういった意味でよく「料金コントロール」と称される「宿泊料金の上げ下げによって目指す平均単価に近づける」というアプローチは、多くの皆さんにとって「これこそがレベニューマネジメントの仕事だ」とすら思われる節がありますが、誤解を恐れずに申し上げるのであれば、この価格コントロールという手法は往々にしてその効果が過大評価されがちであり、あくまでもレベニューマネジメントを構成する多くの要素の1つに過ぎないと言っても過言ではありません。

「ADRを上げていきたい」という方向性、これはレベニューストラテジー(戦略)に該当します。既に「レベニューマネジメントの戦術的な仕事」「レベニューマネジメントの戦略的な仕事」の項において戦略と戦術の違いを述べていますが、ADRを上げたいという課題は中・長期的に継続的な方向性を示す「戦略」に位置づけられます。したがって、しばしば「来月はADRを昨年比で10%上げたい」ですとか、「来月の年末のADRを今の状態から10%上げるように」という総支配人の要望を聞きますが、ADRはそのようにスポットで簡単にコントロールできるものではありません。そしてこのような誤解が出てくる背景にあるものこそが、まさに「ADRは日々の価格コントロールによって導くもの」という誤った認識によるものであると考えています。

もしホテルとして「ADRを上げていきたい」という戦略を設定したのであれば、それに伴う戦術、いわゆる価格コントロールも含めてすべての打ち手はADRを上げるために繰り出されていきます。これは逆に「稼働を上げていきたい」という戦略を設定した場合も然りです。例えばADRを上げていきたいという方向性で動き出したにも関わらず「なんで〇月〇日のBAR料金はこんなに高いのか、もう少し価格を下げて稼働を取りにいくように」でしたり、稼働を上げていきたいという方向性で動いているにもかかわらず「なんで来月の桜シーズンのBAR料金が〇〇ホテルと比べてこんなに低いんだ」とその場、その場の一時的な感情、場当たり的な感覚だけで望む方向へ修正しようとすると、修正自体がうまくいかないばかりか戦略に混乱をきたし、中・長期的な方向性をも崩します。

そして、レベニューマネジメントはそのダイナミクスを活用する手法です。大きな車輪を少しずつ回して都度都度の小さい成果を得ていくのではなく、大きな車輪を大きく回して、回し始めこそゆっくりではあるものの、回り始めるとそのダイナミクスを利用して大きな成果を得ていく手法です。では具体的に、ADRを上げていくための戦略というものはどのようなものなのでしょうか?そしてその戦術との違いはなんでしょうか?

ADRはマーケットセグメントのシェアでおおかた決まる

結論から言うと、ADRの方向性はホテルが有するマーケットセグメントのそれぞれのシェアでおのずと決定づけられます。つまりもしホテルがADRを上げていきたいと考えるのであれば、それはADRを上げるためにどのようにマーケットセグメントミックスを最適化していったら良いかというシナリオを作ることを意味します。これは逆に稼働を上げたい場合も同じです。稼働を上げるためにどのようにマーケットセグメントミックスを最適化するか、これがすなわち、レベニューストラテジー(戦略)の策定となります。繰り返しになりますが、だからこそ正確なマーケットセグメントの設定とその管理が重要なのです。(レベニューマネジメントにおけるマーケットセグメントについては「ウェブ予約や海外個人はマーケットセグメントか」を参照してください。)

きちんとしたマーケットセグメントが設定されていて、それが理解されているという前提で話を進めましょう。例えば、次のようなマーケットセグメントミックスを有しているホテルがあると想定してください。

ホテルA

コーポレート:20%

ホールセール:30%

グループ:20%

リテール:30%

ホテルB

コーポレート:10%

ホールセール:10%

グループ:10%

リテール:70%

レベニューマネジメントにおけるマーケットセグメントは、そのセグメントによって大きく2つに大別されます。それはイールダブル(Yieldable)とノンイールダブル(Non-Yieldable)です。イールダブルのセグメントとは、言い換えると、価格コントロールや在庫コントロールなどのレベニュータクティクス(戦術)を適用することが可能なセグメントを指します。一方でノンイールダブルのセグメントは、価格コントロールや在庫コントロールができないセグメントを指します。上記の例でいうと、コーポレートやホールセール、グループはノンイールダブルに該当し、一方でリテールセグメントはイールダブルセグメントに該当します。(グループはイールダブルと捉えることもありますが、特に日本においてはイールドできないと捉えられることが大半ですので、ここではノンイールダブルに区分します)

それでは、「コントロールできる、できない」とは一体どういうことを指すのでしょうか?例えばコーポレートセグメントを見てみましょう。LRA/Non-LRA等の細かい契約条項はおいておいて、企業契約料金は一般的に年間固定料金での契約となります。ホテルは1年間に〇〇室泊数という決まった見込み実績に応じて優待料金を提示し、この優待料金は通常の一般料金よりかは安く、なおかつ料金の上下変動がない固定料金となります。

これはホールセール料金についても同じです。一部の海外ホールセール料金では、ダイナミックホールセール料金という料金形態が導入され始めており、ホテルのBAR料金に応じてホールセール料金も上下にコントロールできるような仕組みが確立されておりますが、日本の大手旅行会社のホールセール料金をはじめ多くのホールセール料金は、いまだに上期・下期ごとのカレンダーにもとづいた固定料金となっております。料金提出時にこそ、週末料金、平日料金といったように料金波動をつけることができますが、一度、料金が決定されると、例えば「大きな団体予約が確約された」ことを理由にある特定日の料金を変更することはできないですし、「予約のペースが早い」ことを理由にBAR料金に応じて料金のコントロールをすることはできません。

改めて、先ほどのホテルAとホテルBの違いを見てみましょう。このように、ホテルにとってコントロールができない(イールドすることができない)、ノンイールダブルセグメントの料金群の割合が高いホテルAは、例えば今年の年末の予約ペースが好調なことに伴い宿泊料金を上げようとしたとしても、料金を上げることができてその効果が実感できるセグメントは、ホテル全体のビジネスの30%に過ぎないことになります。30%のみのコントロール幅で全体のADRを底上げしようとすると、その30%相当分について、実際にはかなりの値上げをしないと全体へのインパクトが小さいことは、皆さんもおわかり頂けると思います。

一方でホテルBのノンイールダブルセグメントの割合は30%、逆にホテルとしてコントロール可能なイールダブルセグメントの割合は全体の70%です。料金を上げることによってホテル全体の70%のビジネスが値上げの影響を受けるわけですから、当然、料金コントロールによる全体のADRへの弾力性は高いと言えるでしょう。

したがって、もしホテルとして中・長期的にADRを上げていきたいのであれば、それはすなわち「ホテルとして、いかにノンイールダブルセグメントの割合を減らしていくか」という問題に取り組むことになります。このマーケットセグメントの最適化の方向性を定め、そしてそれに対するシナリオをきちんと描いた上で、そのあとに付随してくるものが、日々の料金コントロールや在庫コントロールなどのレベニュータクティクス(戦術)です。戦略に基づいて粛々と実行していく戦術は当然、常に戦略に沿ったものでなくてはなりません。

私が先に価格コントロールに対する一般的な期待先行感をいさめたのは、まさにここに理由があるからです。コントロール幅が少ないのに、その少ない幅の中で一生懸命BAR料金を上げようとしても、その値上げがホテルビジネス全体に与える影響は軽微なものになってしまいます。ホテル全体のADRをたかだか10%上げるために、イールダブルセグメントのBAR料金を実質、20%以上上げなくてはならないということにもなりかねません。そして、BAR料金を20%値上げすることが消費者にとってどのように映るか、それは皆さんが消費者の立場に立ってみればよくわかるはずです。この10年間、多くのホテルでADRを上げていこうという試みが見られましたが、結果的に多くのホテルではその試みが成功しなかった理由の1つは、その試みが終始散発的な戦術のみ、つまり「価格コントロール」に終始していたからだと思います。

そして、その場、その場の場当たり的感覚だけでADRのコントロールが難しい理由もここにあります。ノンイールダブルのセグメントの割合を減らすということ、それはすなわち企業向けの優待料金の数を、契約を打ち切ることによって減らすということであり、もしくはホールセール向けの固定料金を全体的に底上げして、その契約数を自然減させるということです。中期的に安定的な送客があったビジネスの割合を減らすわけですが、その影響により、ある特定の日にちや月に稼働が伸び悩んでいるからといって、それらのビジネスの割合を急にまた増やしたり、「やっぱり送客してください」と契約を打ち切った企業に頼むわけにはいきません。また、ある特定の日にちに安価な企業契約料金が集中していることにより全体のADRが上がらないからといって、その日だけその企業契約料金を出さないことも契約上できません。

最適なマーケットセグメントの割合と求められる一貫性

最適なマーケットセグメントミックスの割合に絶対的な解はありません。各ホテルにとっての最適なマーケットセグメントミックスは、オーナーの意向、ホテルの方向性、ホテルのロケーション、マーケットの環境、そして競合ホテルによって大きく異なってきますし、またあるホテルにとって恒久的に最適なマーケットセグメントミックスというものもありません。ホテルは中・長期的に、さらには毎年の予算を策定する際にこの戦略の見直しを行い、そこで決められた方向性に基づいて最適なリソースの分配を行い、それに沿った戦術を組み立てていくことが求められます。

そして、その戦術は常に一貫性を伴ったものでなくてはならないということ、特にホテルのパフォーマンスを監督する立場の方にはぜひ、肝に銘じておいてほしい所です。一度決められた方向性で走り出したのであれば、例えある1日のADRが低いといってその戦略に沿わない戦術を繰り出してはいけないですし、ある月の稼働が低いからといってパニックになってはいけません。「ADRを上げていきたい」と決めてホテル全体でその方向性に向かって走り出したにもかかわらず、1か月や3か月程度で、その効果が出ないからといって決意を翻してはいけません。 先に述べたように、レベニューマネジメントとはそのダイナミクスさを活用する手法です。回し始めた大きな車輪から得られる効果は、最初でこそ非常に限られたものであるかもしれません。また、その効果すらほとんど実感できないかもしれません。しかし方向性に向かってきちんとシナリオが定まっており、さらにその方向性に沿ったリソースの配分と戦術が一貫性をもって実行されているようであれば、必ずやその効果を数字に反映し始めますし、一度回り始めると、そこから得られる果実は大きいでしょう。