大阪のホテル10月稼働率49.3%  東京のGoTo追加で

日本経済新聞がまとめた大阪市内の主要13ホテルの10月の平均客室稼働率は49.3%だった。9月に比べ12.8ポイント上昇した。10月から政府の需要喚起策「Go To トラベル」の対象に東京都が追加された効果が出た。

これは去年11月のある日の日本経済新聞の記事ですが、私はこういう類の記事を見るたびに、世間一般においてホテルのパフォーマンスをはかるKPIである稼働率、平均単価、売り上げ(またはRevPAR)の力関係を如実に表していると思っています。

ホテルのKPIについて専門的な見地を有している私にとっては、この記事はまったく要領を得ません。10月の49.3%という稼働は前の月から12.8ポイント上昇したとありますが、はたしてこれを喜んでいいものか、この記事だけではわかりません。稼働が12.8%上昇した一方でもし、平均単価が15%下落していると、結局、売り上げは落ちているからです。

例え世間一般の認知が稼働率一辺倒であったとしても、少なくともホテルで働く方には数字を正しく読み解く見識を持っていてほしいと思いますが、残念ながら、この「稼働率至上主義」とも言うべき稼働率を極端に重視する文化は、ホテル業界でも根強くあります。まずは、ホテルのパフォーマンスを表すそれぞれのKPIを今一度復習しておきましょう。

稼働率:ホテルの販売室数の割合を表し、以下の計算式で計算されます。

販売室数/販売可能室数 (パーセント)

平均単価:販売室数のうち、1室あたりの平均客室単価を表し、以下の計算式で計算されます。

客室販売売り上げ/販売室数(円)

レブパー(RevPAR):レベニュー・パー・アベイラブルルームの頭文字を取っています。

客室販売売り上げ/販売可能室数(円)

少し余談ですが、販売可能室数と販売室数は厳密に、きちんと定義に沿って集計されなくてはなりません。例えば故障部屋等のアウトオブオーダーがある場合、その部屋は販売可能室数から除かれますし、厳密に販売された部屋だけでカウントされる「販売室数」と、無料滞在の部屋や従業員の滞在なども含む「稼働室数」は異なります。

話を戻しましょう。同じ「円」で表す平均単価とRevPARの違いは、平均単価は、客室販売売り上げを販売された室数で割っているのに対し、RevPARは客室販売売り上げを販売可能室数で割る、つまりその日に販売することが可能であったすべての客室数(しかしながら販売できずに売れ残ってしまった客室も含めて)を考慮した計算方法になっています。

例えば「昨日の稼働は90%でした」という報告を受けても、それがはたして良いのか悪いのかはこの数字だけでは判断できません。いくら全客室数の9割が埋まっていたとしても、もしそのすべてが極端な安売りの結果の90%であれば、売り上げはどうでしょうか。これは平均単価の点でも同じことです。「昨日の平均単価は過去最高の30,000円でした」という報告を受けても、もし稼働率が10%であったなら売り上げは極端に低いでしょう。

結局、稼働率も平均単価もそれぞれ独立した指標としては、ホテルのパフォーマンスを計るのに十分な指標とは言えません。ホテルのパフォーマンスは「どれだけホテルの客室を販売できたか」という稼働率と「その販売客室をいくらで販売することができたか」という平均単価のどちらも考慮された指標、客室販売売り上げ額やRevPARで判断することが重要です。つまり、最初の日経の記事においてもし「RevPARが9月に比べ12.8ポイント上昇した」ということであれば、売り上げが12.8ポイント上昇したわけですから非常に喜ばしいと思いますが、単に稼働率という独立した1指標のデータのみが切り取られて引用されているゆえ、これだけでは何とも判断しようがありません。

100室のホテルにおいて「稼働率90%の平均単価20,000円と、稼働率80%の平均単価23,000円はどちらがいいですか?」という質問を総支配人の方にすると、恐らくほとんどの方は「90%で20,000円の方が良い」とお答えになるでしょう。前者の売り上げが180万円、後者の売り上げが184万円なのにも関わらずです。ホテルにおいていまだに稼働率が優先される風潮は、まだまだ、世間一般においてもこの稼働率がホテルのパフォーマンスをはかる指標として絶対視されているという、いわば情緒的な理由も非常に大きいとは思いますが、その他にも以下の理由が挙げられることが多くあります。

1、宿泊以外の売り上げをもたらす

稼働率が上がる、つまり滞在する顧客の数が多いと、宿泊以外にも例えばホテルのレストランやバー、スパのトリートメントといった宿泊以外の売り上げを期待することができます。特に滞在日翌日の朝食はその最たる例で、80部屋より90部屋分の方がその喫食率は高くなります。(仮に全員が朝食を取ればの話ですが)

一方で、この考え方はホテルのタイプによっても大きく異なってくるでしょう。ホテルの宿泊以外の売り上げがほとんど見込めない宿泊特化型については、宿泊料金以外の売り上げがもたらされる可能性は少ない一方、リゾートホテルなどについては、ホテルで食事をする、スパのマッサージを受けるといった、ホテル内で宿泊以外の売り上げが期待できる要素とその環境があることから、必ずしも宿泊の売り上げのみで判断できないということはあるといえます。

2、ホテルのブランド確立に寄与する

稼働率の上昇によりホテル内の顧客の数が増えると、それはホテル内に活気をもたらします。ロビーでは顧客の活発な交流が行われ、ホテルのスタッフは忙しく動き回ります。この、ホテルがいつも忙しくていきいきしていること、それは滞在客、ホテルのレストラン等を利用するために訪れた顧客にも「このホテルは常ににぎわっている」という良い印象をもたらし、そのような印象がホテルのブランドを形作る手助けをしているという理由です。またショッピングモールの中にある、または隣接するホテルで、その区画一帯を同じオーナーが経営している場合、滞在客が増えるとその区画全体に賑わいをもたらすという理由から、ホテルの稼働を上げることを求めているオーナーの存在もあるでしょう。

一方で、ただ稼働率を上げることを至上命題とすることに反論する、これだけの理由もあります。

1、レベニューマネジメントに課題

私はもし、毎日100%、90%稼働を達成し続けているホテルがあるとすれば、そのホテルのレベニューマネジメントチームの技量を疑います。レベニューマネジメントにとって、常に満室のフルハウスに近い状況は、同時に「もう少し平均単価を上げられる余地があったのではないか」という課題を突きつけているからです。

極端な話、もし毎日ホテルを満室にしたければ、そのマーケット内のホテルでの最安値を常に張っていればいいだけです。レベニューマネジメントは稼働を最大化することが責務でなく、売り上げを最大化することがその責務です。売り上げの最大化を達成するためには、その戦術において、常に最適なブッキングペースとその販売価格のバランスを保っていくことが求められます。

2、コストとの関係

販売客室数が増えると、当然、その分ホテルが負担するコストも増えます。特に固定コストが大きな割合を占めるホテルビジネスは、この固定コストと変動コストのバランスをいかに保っていくかという点を常に考慮しなくてはなりません。

例えば、100室のホテルで常に清掃スタッフを8人雇っていて、清掃スタッフは1人あたり10部屋の清掃が可能な場合、80室の稼働までなら常駐スタッフの8人で部屋清掃を完了することができますが、もし販売室数が85部屋に達した場合、残り5部屋の清掃のために追加の清掃スタッフを手配しなくてはなりません。私はここで、マーケットに需要があるにも関わらず、コストの点を考慮して80部屋で売り止めにするべきだという「ミクロのアプローチ」が必要と言っているわけではありません。売り上げとそのコストのバランスを、常にマクロの視点できちんと把握しておく必要があります。

3、スタッフの疲弊と顧客満足への課題

私は個人的な旅行で、週末やお盆、年末年始など、多くの人がホテルや旅館に一斉に宿泊する日にち、期間はあえてホテルに宿泊しません。混雑しているがゆえにどうしてもホテルのスタッフへの負担が増し、滞在客として必ずしも目が行き届いたサービスの提供を受けられないと、実際の経験から感じるからです。

一般的に、ホテルで勤務しているスタッフにとっては80%の稼働を超えると忙しいと感じるようになり、90%の稼働になるとほとんど満室といったような感覚があると思いますが、滞在客が増えると当然、それだけ業務量も増えます。それでもすべてが順調に、ほとんどオペレーションのオートメーションに則って粛々と業務をこなせれば問題ないのかもしれませんが、業務量が増えるとそれだけ対処しなくてはならない事象も多様化し、いわゆる苦情への対応も増えてきます。

最前線で働いているスタッフが疲弊し、それが要因となって顧客へのサービス低下につながることを防ぐため「最適な稼働を保つこと」は、特に顧客の1人1人に素晴らしいサービスを提供することが期待されるハイエンドのホテルで考慮されることも多いようです。

私はここで、「稼働を追求することと売り上げを追求することの、どちらが良くてどちらが悪い」という1つの解に固執するつもりはありません。立場が違えば見方も変わってくるからです。少し例を挙げましたが、ショッピングモールの中にあるホテルで、その区画一帯がにぎやかになることを期待しているオーナーにとっては、ホテルの稼働率を上げることが最優先である場合もあるでしょうし、また客室清掃を担うハウスキーピングの部署にとっても、自らの業務に大いに関係してくる稼働率が最重要な指標であることに疑いの余地はないでしょう。

翻って「ホテルの販売そのものを担い、その売り上げを最大化することが責務」であるレベニューマネージャーの場合、1番重要視しなければならないKPIは断じて稼働ではなく、売り上げでありRevPARです。オーナーの期待やオーナーの意向を受けた総支配人の方向性とうまく折り合いをつける必要はありますが、レベニューマネジメントの使命は「売り上げを最大化すること」に他なりません。

私も実際にこういった誘惑には何回も遭遇してきましたが、「今週の土曜日は何とか稼働を90%以上に乗せたい」とか「今年の大みそかの単価を何とか50,000円に乗せたい」というのは、「レベニューマネージャーの自己満足」以外のなにものでもありません。それにもまして重要なことは「果たして売り上げを最大化できたか」という自問自答であり、今週末の土曜日に稼働が100%に達したかということではなく、今月の売り上げは最大化できたかということ、年末年始に単価が50,000円に達したかということではなく、今年の売り上げは去年と比べて増えたかという、売り上げの最大化と継続的な成長のための飽くなき努力です。