先日のニュースで、東京ディズニーランドが需要に応じて価格を変動させるダイナミックプライシングを適用したチケット販売を行うということが取り上げられていました。日本においてもここ2,3年、幅広い業界でダイナミックプライシングの検討と導入のニュースが報じられています。起源は航空券に始まりやがてはホテルの客室販売にも応用されたこのダイナミックプライシングは、以下の条件を満たせば様々な業界やそのビジネスに適用することができると言われております。

1、 販売数に限りがある

まず第1の条件は、販売数に限りがあることです。それは航空券であれば1便に対する座席数であり、ホテルであれば総客室数にあたります。例えば、航空券は1月12日の午前10時発、羽田―千歳便の350席の座席数を、需要が高いことを理由に増やすことはできませんし、ホテルは1月12日から1泊という宿泊商品を、稼働が上がっていることを理由に総客室数100部屋以上の部屋を新たに建造することはできません。この販売数に限りがあるという制約条件のもと、限られた350席、100部屋の中でいかに販売売り上げ、そして利益を最大化するかという命題にもとづくアプローチが、ダイナミックプライシングです。

2、 在庫を持ち越せない商品である

Perishable Product (腐りやすい商品) と表現されますが、航空券やホテルの客室販売は時間が商品要素に含まれている商品です。1月12日の午前10時発、羽田―千歳便の座席が100席余ったからといって、同商品を翌日に持ち越すことはできませんし、同条件の商品はまさにその時にしか成立しえない商品で、例えばそれを1月14日に販売することはできません。ホテルについても同じことです。1月12日からスタンダードルームに1泊という商品は、1月13日に販売することはできません。リテールのように、店頭に並べた商品が売れなかったので翌日以降に販売を繰越す、もしくは在庫として倉庫にしまっておくという対応はできず、ある特定の日にちや日にちと時間に販売できなければ永遠に再販することはできないのです。

3、 ある程度決まった需要波動がある

ダイナミックプライシングにおいては、需要予測、フォーキャストが欠かせません。価格を決めようにも、どれくらいの需要が見込めるかという予測が立てられなければ、そもそも価格を決めようがないからです。その点で、航空券もホテルの宿泊もある程度決まった需要波動が存在します。それは例えば、帰省などで混雑する年末年始、お盆などの季節波動、週末にレジャー需要が高まる曜日波動であり、オリンピックや国際会議の開催によるイベント需要による波動などもあります。完全に予測することは不可能なものの、ある程度予期できる、決まった需要波動があることが需要予測を可能にし、その予測に基づいた価格変動であるダイナミック料金を可能にします。

4、 高い固定費用

例えば1月12日の午前10時発、羽田―千歳便の乗客が350席に対して35席だった場合でも、原則として航空会社はその便をキャンセルすることはできません。運航にかかるコストを10分の1にすることはできませんし、積む燃料を10分の1にすることもできません。もともとシフトとして組んでいたキャビンアテンダントを急に1人に減らすこともできません。

これはホテルにしても同じことで、例えば1月12日から1泊の宿泊が100部屋中たった2部屋だったからといって、フロントスタッフや清掃スタッフを休みにさせるわけにいかないですし、コスト削減のためにホテルの空調を切るわけにもいきません。この2つに共通することは、一定の稼働割合までであればどのみちかかってくる経費、固定費用が発生するということです。

この損益分岐点は航空会社やホテルなどの業態、また業態の中でもそのビジネスモデルによって異なりますが、どの航空会社、ホテルも、少なくともその高い固定費用分をまかなうための売り上げを確保する必要があり、そのためには1席/1室あたりの価格を下げても稼働割合を増やさなければならないという理由で、このダイナミックプライシングは理に適っているといえます。

以上の条件をもとに、このダイナミックプライシングが適用できる、成立しうるビジネスについてみていきましょう。

鉄道

鉄道はビジネスの性格が航空業界とほぼ同じですので、皆さんもイメージしやすいかと思いますし、実際に海外においては既に多くの鉄道会社でこのダイナミックプライシングが採用されています。日本においてもまだ完全ではないものの、JR東日本などで一部の列車において、早く購入することによって割引が得られる切符の販売がされておりますし、どの鉄道会社もコロナ禍で業績に苦しむ中、今後もこのダイナミックプライシング適用の流れはさらに加速していくと思います。

テーマパーク

ディズニーランドやユニバーサルスタジオなどでも既に導入されていますが、テーマパークも「〇月〇日の入場」という時間を販売商品としていることから、このダイナミックプライシングが適用される業態といえるでしょう。また、例え1人でも入園者がいればすべての施設を稼働しなくてはなりませんし、今日は入園客が少ないからといって急にスタッフの数を減らすこともできない、つまり一定程度の固定費用がかかるビジネスといえます。さらに週末や学生の長期休暇中、年末年始など、ある程度の需要予測が立てやすい業界であるともいえます。

スポーツや劇場、映画などの集客型のイベント

テーマパークの他にも、「ある決まった時間の枠販売」を行っているビジネスはスポーツや劇場、映画などでも見られます。提供するサービスや商品内容は違えど、テーマパークと同じく1つの時間枠で販売できる販売能力には限りがありますし、曜日や時間帯、またスポーツであれば人気チーム同士の対戦などで、ある程度、決まった需要予測が立ちそうなビジネスといえるでしょう。

スパ・マッサージ

スパ、マッサージも、時間と施術の組み合わせで販売されているビジネスです。「〇月〇日の〇時から」という施術枠で成り立つビジネスですし、例え予約がなかったとしても最低人数の施術師を待機させていなくてはなりません。ある程度決まった波動があるのかはわかりかねますが、もし週末の需要が高かったり、仕事後の夕方以降の需要が高いなどの決まった需要波動があれば、需要予測もしやすいでしょう。またホテルや航空券などに比べ「その日でなくてはいけない」という時間への敏感性は高くなく、消費者も割と柔軟に時間の変更に対応できる面もあることから、ダイナミックプライシングによって需要をある程度誘導し、需要を平準化する効果も高いと思います。

美容院

同じく時間と施術の組み合わせで販売されているビジネスです。

駐車場

これもホテルなどと同じく、時間とスペースの組み合わせで販売されているビジネスです。例えそれが機械式の駐車場であったとしても、機械のメンテナンス料金やレンタル料金などの固定料金が発生し、ある程度価格を弾力的に動かしても少なくとも固定費分はまかなわなくてはならないビジネスといえると思います。

一例として6つのビジネスを挙げましたが、他にも上の条件と合致し、ダイナミックプライシングが適用できそうな業態はまだまだありそうです。そして、このダイナミックプライシングは、今やリテールでも適用され始めています。例えばアマゾンなどはその代表例で、日本でも家電量販店などで同じ仕組みが採用され始めているようです。必ずしも時間が組み合わさった商品ではないですし、在庫として持ち越すこともできるリテール業界にダイナミックプライシングが採用されている理由はなんでしょうか?

私は、一般的に在庫を持ち越すことができるリテールビジネスであっても、アマゾンの在庫管理の手法は「在庫を持ち越せない」状況に当てはまるのだと思っています。アマゾンの優れた在庫管理法は有名です。様々な商品データや物流データを駆使して、過度に商品在庫を持たない、かつ売り切れの状況も極力作らない優れた在庫管理の仕組みが、あれだけ膨大な商品量を持ちながらも、限られた倉庫でオペレーションをまわしている特徴といえるでしょう。本来はリテール商品の在庫としての持ち越しは可能ですが、それを最小化するアマゾンの在庫管理が「限られた在庫」という状況を作り出し、それによってダイナミックプライシングによる需給のコントールを可能にしているのだと思います。

また、アマゾンの各商品の需要に決まった需要波動があるのかはわかりませんが、アマゾンは、今現在の購買状況や商品検索情報のデータを駆使し、価格に反映させていると言われています。必ずしもホテルのようにヒストリーを参考にするわけではなく、たった今の需要と供給のバランスを見て価格を操作するダイナミックプライシングの手法が、今後はリテール業界でも進むのでしょうか。個人的には、これはイーコマースでもあり物流会社でもあるアマゾンが、膨大なデータを分析してそれをいかす仕組みに長けているからこそなせる業であり、リテール業の側面もあるものの、どちらかと言えばIT企業としての側面が強いアマゾンだからこそ、活用できる方法といえるのかもしれません。