ディスカウントは、もしかしたらホテルにとって1番なじみのあるプロモーションかもしれません。稼働を上げるためにディスカウントをする、競合がディスカウントによるプロモーションを仕掛けてきたので即座に反応する、多くのホテルにとって日常的に行っている販売戦術の一環でしょう。
このディスカウントがもたらす効果については、おもに価格コントロールがその領域であるレベニューマネジメントの観点から、過去に様々な検証が行われております。また、ホテルマネジメントの研究において世界を代表するアメリカのコーネル大学をはじめとした多くの研究機関でも、このディスカウントがもたらす効果についての学術的検証が行われてきました。結果、ディスカウントがもたらすプラスの効果はほとんど見込めないというのが大方の結論で、その活用には細心の注意を必要とするという見方が大勢です。様々な実験によっても例証されているその理由を、以下の通り見ていきましょう。
1, ディスカウントは新たな需要を作らない
これは皆さんも少し考えてみると納得するところはあるかもしれませんが、ディスカウントが旅の目的になることは基本的にはありません。皆さんも、あるホテルからディスカウントのお知らせを受け取った、またOTAでプロモーションを見たことによって「そこに泊まるために旅行に出かけよう」と思ったことはありますか?滞在価格が半額や、Go Toキャンペーンといった大幅なインセンティブがあれば、それ自体が旅を計画する理由になることもあるかもしれませんが、それでも近隣のホテルくらいが関の山でしょう。
ホテルの予約は、まずその前に旅行の計画があって初めて行われる過程で、「どこに泊まろうかな」と考える段階で初めて需要が生まれます。つまりディスカウントをすることによって「新たな旅行需要自体」を作ることはできないのです。しかし多くの皆さんは「いや、でもディスカウントによって予約数が増えた」と考えるかもしれません。ただこれは正確にいうと「ディスカウントによって新たな需要が作り出された」わけではなく「ディスカウントによって競合からそのビジネスを奪った」ということに過ぎません。言い換えると、もともとあった需要で競合に取られたビジネスを、価格というインセンティブを使って自らのホテルに引き寄せたということになります。これは「新たな旅行需要を作り出した」ということには当てはまりません。
2, 安売りが安売りを引き起こす
この「新しい需要を作り出したわけではなく、競合からの既存の需要を奪っただけ」という状況は、往々にして価格競争を引き起こします。あなたが競合ホテルの値下げ競争にすぐ反応するように、競合ホテルもあなたの値下げの仕掛けに反応するからです。そもそも価格が動機となっている、価格によって奪われた顧客層の奪還には、価格で対抗するしかありません。こうしてお互いに価格競争を仕掛けることにより、消費者もより低い価格を恒常的に期待するようになり、結局は勝ち目のないゼロサムゲームへと陥ります。
3, 既存のビジネスへの影響
これは特に直前割を行う際に顕著な影響ですが、既に予約している顧客がより安いディスカウント料金を発見した場合、既存予約を一度キャンセルして新たにディスカウント料金で取りなおす、いわゆる「予約の乗り換え」の懸念があります。もともと固めていた既存ビジネスへの影響をも考慮する必要があります。
4, 価格を下げることにより室数で補わないといけない
当然ですが、価格を下げることによって売り上げをあげようと思った場合、販売室数を「さらに」稼ぐことによって売り上げ増に努めます。もしディスカウントを考えているようであれば、そのディスカウントによってどれくらいの室数を販売しないといけないか、よく精査してからでなくてはいけません。
例えば総客室数が200室のホテルにおいて、フォーキャストで稼働が70%(140室)、平均単価が20,000円の日があると仮定し、その日を対象に何らかの理由でディスカウントをしかけるとしましょう。当初のフォーキャストによる販売予想売り上げは2,800,000円です。少し画一的な例えですが、ディスカウントにより例えば平均単価が17,500円になった場合、ディスカウントをせずに売り抜いた場合の予想売り上げである2,800,000円を確保するために必要な販売室数は160室となり、ディスカウントによって20部屋を余計に確保できるという算段がなければ、もともとの平均単価である20,000円で販売し続けた方が売り上げを確保できるという計算となります。
そして通常は、ディスカウントをすることによって「それ以上の売り上げ」を狙いに行くわけですから、その目的に適うためには、実際はこれ以上の販売室数が重要となります。必要とされる販売室数への圧力は、ディスカウントの幅を広げれば広げるほど大きくなります。例えば20,000円で150部屋の販売予測の日に対して単価が20%下がると、その値下げを補うために40部屋分を余計に販売しなくてはなりません。
ホテルは通常、複数のマーケットセグメントが組み合わさったマーケットミックスとなっており、1つのディスカウントを仕掛けたところで実際にここまで販売単価が影響をうけることはないですし、常に販売単価=平均単価という簡単な図式になるわけでもないですが、考え方として「ディスカウントを仕掛けた場合に、仕掛けなかった場合以上の売り上げを確保できる見込みはあるか」という点での精査は欠かせません。ことのほか、ホテルは「ディスカウントをすることに意味がある」と考えがちで、行う際の事前の見立て、精査と、その結果の検証がなおざりになりがちです。
5, 顧客の質の変化とブランドへの影響
これは特にホテルクラスが上の場合に当てはまることですが、ディスカウントによってどのような顧客層をターゲットとしているのか、この点の明確化なしにはホテルにとってのバリューにほとんどつながらない場合もあります。
これは実際にOTAなどで大規模なディスカウントプロモーションを行った際に現場のスタッフからよくあがる声ですが、例えばそのようなプロモーションで滞在する顧客は、夕食や朝食などをホテルで消費することなく、外のコンビニで菓子パンやカップラーメンなどを買って部屋にこもって過ごしているため、レストランなどへの追加の売り上げにまったくつながらないという話をよく聞きます。
またそのような安易な価格戦術が、今まで通常の価格で予約していたリピーターの滞在を敬遠させるという懸念もあります。例えば高級ブランドのルイヴィトンは、ルイヴィトンでしか販売しておらず定価での販売のみを行っているからこそ、その価値が広く認められているのであり、例えばルイヴィトンの商品がアマゾンなどで50%オフにて売られていたとしたら、そのブランドに対する人々の認識価値は下がるでしょう。
6, マーケットにおけるポジショニングの問題
「目は口ほどに物を言う」といいますが、価格は他のどのホテル情報よりも、ものを言います。価格は、そのホテルのマーケットにおける立ち位置(ポジショニング)を如実に表すのです。そして、価格がそのホテルのマーケットでのポジショニングに与える影響は、決して知名度が高くない独立系ホテルであればあるほど強くなります。
この「価格で商品の立ち位置、ポジショニングを判断する習慣」は、私たちの誰もが、意識的にも無意識にも身についているものです。例えば皆さんが財布を買うためにデパートに行くと仮定しましょう。陳列棚を見ていて25万円の財布があった場合、皆さんは、例えその財布のブランドを知らなくても「この財布はいい財布に違いない」と思うはずです。
そして、その財布が15万円で販売されているルイヴィトンの財布と同じ陳列棚で販売されていると、私たちは「自らにとってなじみのあるブランド」を手掛かりに、25万円の財布のポジショニングを類推します。すなわち「15万円のルイヴィトンより10万円も高いんだから、さぞかしいい財布に違いない」と考えるわけです。
これはホテルの価格においてもまったく同じことです。例えば、消費者が皆さんのホテルを含めた同エリアの空室を検索した際、検索結果上であなたのホテルの価格が1番高ければ、あなたのホテルに対して「価格が高い」という印象を持つことはもちろんですが、同時に、例えあなたのホテルのブランド価値を知らなくても「1番価格が高いならさぞかし良いホテルに違いない」という印象も持つでしょう。
つまり、あなたがいくら自分たちを「4つ星のグランドホテル」と自覚しており、公式ウェブサイトで一生懸命その価値を説明したり、それに見合ったアメニティを揃え、多くのコストと手間をかけてそれに相応しい外部の賞や認定を受けたところで、もし販売している価格が4つ星のポジショニングにない場合、ましてや同じマーケットに良く知られた「2つ星のビジネスホテル」のブランドがあってそれらのホテルと価格が変わらない場合、それがあなたホテルのマーケットにおけるポジショニングと認知されてしまう恐れすらあるのです。
今回の題目は「ディスカウントの大義名分を求めている人へ」です。それでは、ディスカウントを行う適切な理由はないのでしょうか?私はもしディスカウントに大義名分があるとすれば、それは「適切なパッケージ要素と組み合わされたもの」であると考えます。「BAR料金から30%オフ」、「ウィンターセール 今予約するとBARから30%オフ」などというディスカウント、もはやホテルの広告において日常の文言となっていますが、この単にBAR料金から割り引くという、プランに創造性や工夫のかけらもないようなプランは、いわゆる「安売り」以外の何ものでもありません。
一方で、例えばホテルでの周年記念行事があって、それと顧客の記念日をかけ合わせたようなプランはどうでしょうか?周年記念という行事とあわせることによって、顧客にホテルをより身近に感じてもらい、何かしらの趣向でロイヤリティを高める一方で、レストランでのディナーやシャンパン、スパトリートメントなどの宿泊以外の要素を組み合わせて、ホテル全体の売り上げを伸ばすことにも貢献できます。
そのためにパッケージ要素の1つである宿泊費をおさえた販売、ディスカウントをすることは道理に適っていると思いますし、パッケージ化することによって例えその宿泊料金がBARの30%オフであったとしても、その宿泊費単体が消費者にさらけ出されることはありません。
また、ホテルロイヤリティプログラムのメンバー料金ディスカウントも、顧客との長期的な関係構築を目指し、ライフタイムバリューを高めるという意味で、また中・長期的にOTAからのチャンネルシフトを狙うという意味で、単に目先の利益だけを追い求めるディスカウントとは違った、道理のあるディスカウントだと思います。
そこに一切の創造性やバリュー、目的や明確なターゲティングもなくただ闇雲にディスカウントを打つことの大義名分はありません。