以前「東京オリンピックはホテルのパフォーマンスにどのような影響を与えるか」という記事を書きましたが、特に東京オリンピック間近になってこの記事の閲覧数は毎日、非常に高い数を記録しました。それは直前まで、そして大会が始まったあとですら日々手探りで進んだ東京オリンピックという需要に対する、皆さんの不安の裏返しだったのかもしれません。振り返って、オリンピック期間中の皆さんのホテルのパフォーマンスはいかがでしたでしょうか?

ホテルのベンチマークレポートを提供しているSTRは先日、東京オリンピック期間の都内のホテルの稼働率結果を発表しました。それによると、期間中に1番高い稼働を記録したのは開会式の前日の7月22日、稼働率でおおよそ60%程度、その後はおおよそ40%後半から50%前半の稼働で毎日推移し、そのまま閉会式を迎えたという結果になったようです。

最大でも60%程度となった都内ホテルの稼働ですが、これもホテルによって大きく濃淡がわかれた結果の60%ではないかと考えています。国際オリンピック委員会のビジネスなどを受注していたホテルは、実際にこの稼働を上回る状況で推移していたところもあるでしょうし、一方でオリンピック期間にも関わらず稼働にほとんど変化が見られず、終始20、30%程度で推移していたホテルもあると思います。この「平均するとおおよそ45%から55%」という都内ホテルの大会期間中の稼働の結果は、多くのホテルが同程度の稼働を享受できたという事ではなく、ホテルによって非常に極端に差が出た結果の値という事が言えるかもしれません。

前回の東京オリンピックに関する記事で述べているように、私個人的には、もしこのコロナの影響がまったくなく完全に正常な形で東京オリンピックが開催されていたとしても、都内のホテルのパフォーマンスにはバラツキが出ていたであろうと考えていますし、今でもその考えは変わっていません。大会期間中の2週間という時間軸において、オープン以来過去最高の2週間売り上げを記録したというホテルもあったでしょうが、同時に前年同時期(19年)の売り上げすら下回ったというホテルも多く出ていたと思います。

これは過去のロンドンオリンピックのケースを見ても明らかです。ロンドンオリンピック時におけるロンドンのホテルの売り上げは、決して少なくないホテル数、特に3つ星クラスの多くのホテルで前年同時期の実績を下回ったことが確認されています。またロンドンオリンピック期間中の日々の稼働の濃淡、開会式が需要のピークでその後は閉会式に向けて緩やかに下降というカーブの描き方も、今回の東京オリンピックの期間中稼働推移の結果そのままです。

ところで、皆さんはケビン・コスナー主演の「フィールドオブドリームス(Field of Dreams)」という映画をご覧になったことはありますでしょうか?私の同僚は、ホテルビジネスへの戒めとしてよくこの映画の中の1つの有名なセリフを取り上げます。

この映画のあらすじは省きますが、セリフに関わる場面の概略を説明すると、アメリカの片田舎のど真ん中で農業を営んでいる主人公にある日、どこからともなく次のような声が聞こえてきます。「それ(野球場)を作りなさい、彼はやってくるだろう」・・・「こんな片田舎の周りに何もない辺鄙な場所に野球場なんて作って、いったい誰が来るんだ」と友人や近隣の住人は彼を口々に変人呼ばわりしますが、彼はその声に従ってトウモロコシ畑が広がる大平原のど真ん中を切り拓き、野球場を作るという話です。

私の同僚は「ホテルビジネスにおいて、フィールドオブドリームスのようなことは絶対に起きない」と言います。つまり「いかに最高のホテルを建てて良い部屋を作って素晴らしい施設を併設してオープンさせたとしても、それだけで顧客が来ることはない」ということです。例えホテルを建てても、またそのホテルがいかに素晴らしいホテルであったとしても、それをマーケットに認知させて顧客を呼び寄せて定着させる仕組みとサイクル、そのための注力が必要で、それがレベニューマネジメントでありセールスアンドマーケティングなのだと言っています。

東京オリンピックは図らずも、コロナの影響で従来予定されていたものとはまったく異なる環境下での開催とはなりましたが、このコロナが発生する前まで、東京のホテルはまるでタケノコのように、次々とオリンピックめがけてオープンしてきました。それもこれも「東京はオリンピック需要をまかなえるだけのホテルの数がない」という言わば「数字上の数合わせ」、そろばん勘定で多くの投資家やディベロッパーが突き進んできた結果であると思います。

私自身はもちろんそれを否定するつもりはありませんし、全体のマーケットボリュームに対してホテルの数、客室数が数字上で足りないのであれば、それをビジネス機会と捉えてホテルを建設しようとする動きは自然だと思います。しかしここで私が改めて皆さんに釘を刺したい点は「ホテルビジネスにおいて「(ホテルを)作れば(客が)来る」ということは絶対におきない」ということです。

もし数字上で需要数と供給数がイーブンになるような状況を実現したところで、セールス・マーケティングに課題があるホテルはパフォーマンスに苦しむでしょうし、また逆に供給数が需要数を上回るようなマーケットであっても、自分たちのホテルをきちんと販売できる仕組みが整っていれば、素晴らしいパフォーマンスを上げ続けるホテルもあるのです。

例えホテルを建てたとしても、それがいかに素晴らしく卓越したセンスにあふれ、唯一無二のストーリーが詰まっているようなホテルであったとしても、どれだけその建設に資金を投じたとしても、そこにレベニューマネジメントを含むセールス・マーケティングの適切なリソース配分とその適切な実行がなければ、継続的にパフォーマンスを維持し続けることなど絶対にできません。

東京オリンピックは結果的に非常に残念な形で終わってしまいましたが、これからも日本全国で、このようなシティワイドのイベントが開催されることが多々あるでしょう。既に2025年には大阪万博が予定されていますし、オリンピックにいたっても2030年に札幌に招致する動きが活発です。東京においても必ずや、また国際的なイベントがどこかで開催されると思います。しかし例えこのようなイベントが招致され、「数字上で」そこに大きなビジネス機会があったとしても、それは決してあなたのホテルに良いパフォーマンスをもたらすことを保証するわけではないのです。あなたのホテルが確実にその恩恵を享受するには、それらの需要をきちんとモノにすることができるセールス・マーケティングの体制とその適切な管理手法を普段から構築していくことが欠かせないのです。

例えば、このようなイベント開催時においては特に重要視されるグループビジネスの管理について、あなたのホテルでは普段からきちんと計画され、実行されているでしょうか?契約書はきちんと発行されていますか?そこに減室規定やキャンセル既定などの文言はきちんと明記されているでしょうか?デポジット(前払い金)をきちんともらっていますか?契約書に記載されている以上の部屋数を「念のため」おさえたり、契約書発効以降のいい加減な増減室、料金の再交渉などの管理がどんぶり勘定になっていないでしょうか?

これはコロナの前まで多くのホテルで「にわかブーム」のようにすらなっていた、クラブフロア、ラウンジの改修、増設についても同様です。どのホテルでも富裕層誘致という号令のもと、クラブフロアやクラブラウンジの増設、上のカテゴリーの部屋の改修などが相次ぎました。しかしいくら巨費を投じて、素晴らしい素材を使って有名なデザイナーを招いてそのような改修を行ったところで、その販売に対する適切なセールス・マーケティングリソースの配分と実行が行われなければ、そこに需要がもたらされることは決してありません。なぜならば、繰り返しますがホテルビジネスは「(豪華な・新しい客室を)作れば(顧客が、富裕層が)来る」わけではないからです。

日本のホスピタリティ業界においては、セールス・マーケティング分野の活発な議論や問題提起がまだまだ少ないように思います。「いかに素晴らしいおもてなしをするか」「期待を超えるサービス」などといった議論は非常によく目にすることはあっても、先ほどの例のような「グループビジネスをどのように最適化していったら良いか」という議論を目にすることはほとんどありません。ベンダーによる「いかに自分たちの製品が素晴らしいか」という営利目的のイベントはよく目にしても、「ホテルの売り上げを最大化するためにどのようなディストリビューションを構築していったら良いか」という業界全体の発展に寄与するような議論を目にすることもほとんどありません。

コロナ終息後の旅行需要の回復に備えるために、またその先も競争力のあるマーケットとして日本のホスピタリティ業界が世界をリードする存在であり続けるように、日本においてレベニューマネジメント、セールス、マーケティングの議論がもっと高まり、様々な試行が行われる中でその手法がますます深化していくことを願っています。

参考:STR: Olympics lifted Tokyo hotel occupancy to 17-month high | STR