欧米から遅れることおおよそ1年、日本のホテル業界もようやく本格的な回復軌道に乗ってきました。ホテル業界で働く多くの方が、昨年10月の事実上の国境開放以降、着実な回復を日々実感していることと思います。そして、日本にとって核となる中国からの回復はまだほとんど始まっていません。

結局コロナが始まってから回復を身をもって実感できるようになるまで、おおよそ3年の歳月を要したわけですが、残念ながら、ホテル・旅行業界としてコロナと共存することは最後の最後までできませんでした。コロナによって、ホテル業界はまさに”Disruption”といってもいいほどの完全なる破壊的状況を経験し、その中で様々な模索や新たな挑戦が行われましたが、いずれもコロナ前までのホテルのビジネスモデルが完全転換されるまでには至らずに、ホテル・旅行業界にとって、いかに国境をまたいだ人の自由な往来が大前提のビジネスであるかを再確認しました。

そしてコロナ禍においては様々な「予測」が行われました。需要はいつ頃回復するのかといった皆の関心ごとに始まり、それぞれのセグメントごとの回復はいつ頃になるのか、ホテルという業態の行方がどうなるのか、オペレーションの観点からもポストコロナの新たなホテルの形について様々な予測や議論が行われてきました。今回は、それらの予測についての答え合わせをしてみたいと思います。

予測1:ホテルのパフォーマンスが19年レベルまで回復するのは2025年ごろである。

回答:部分的に正

コロナ禍において、ホテル業界におけるパフォーマンスのベンチマークは「19年の水準」でした。「19年の水準と比べいまだ10%」、「 19年の70%まで回復」など、19年のパフォーマンスが物差しの1つとして使われた中、多くの専門家によって共有された予測が「ホテルのパフォーマンスが19年のレベルまで回復するのは2025年」という予測です。

多くのマーケットにおいては、実際にこの予測を上回るペースで回復基調が続いています。また部分的ではあるものの、日本のホテルについても単月ベースでみれば既に19年のレベルを超えた月もあります。ホテルにベンチマークデータを提供するSTRによると、日本のホテルの22年12月のパフォーマンスは、RevPARベースで19年12月のレベルを既に超えています。

引用:STRによる日本のホテルのパフォーマンス- 100を2019年のレベルとする

部分的に正としているのは、この現象がまだ全般的、継続的ではないからです。現在、回復をけん引しているのは東京などの大都市であり、地方にはまだその効果は十分波及していません。またグラフ上でも示されている通り、19年のレベルを上回ったのは12月のみで、1月以降はまた下降基調にあります。(このグラフでは触れられていない4月については、再び19年の水準を超えているものと思われます)一部の都市、もしくは複数の月で19年のレベルを超えるようなパフォーマンスはこれからも散発的に見られてくるかと思いますが、日本のホテル全体として確実に19年のレベルを超えるようになったと断言できる段階になるまでは、もう少し時間がかかると思われます。

予測2:コロナの収束期からマーケット回復期を迎えても、ホテルは平均単価をコロナ前の水準に戻すことに苦労する

回答 誤

この懸念は、特に日本のホテル業界で広く共有されていました。何といっても、日本のホテルは先の08年の金融危機、および震災を経て、過去に平均単価をなかなかあげられなかったという苦い経験があるからです。当時、日本のホテルが平均単価を含め再び力強い成長を見せたのは15年、16年頃となり、結果的にその回復までに8年近く、震災から起算しても4、5年の歳月を要しました。

ともすれば稼働率を追うことに視線が行きがちなホテル業界において、コロナ後においてもまずは稼働を重視するあまり、平均単価に注力できるようになるまでに2、3年の時間がかかるのではないかということも言われましたが、結果は先に示したグラフの通りです。コロナからの回復においては、上記のオレンジの棒で示された「平均単価」の上昇に起因する形でパフォーマンスの回復が見られ、19年のRevPAR水準を超えた22年12月のパフォーマンスについても、稼働ではなく平均単価が引っ張る形で19年超えが達成されていることが見てとれます。また、同様の平均単価由来の回復傾向は、海外のマーケットでも広く確認されております。

この平均単価由来の回復基調は、マーケットやホテルのクラス別セグメントによって大きく異なりますので、一概に申し上げることはできませんし、コロナを経てますます顕在化しつつある人材不足の問題から、結果的に平均単価由来のパフォーマンスに傾いているという事情があることに留意する必要はありますが、それでも、今回のこれらの回復の形は、前回の出来事から私たちが学び、そして改善させたことによる結果だと思っています。平均単価をなかなか上げられないのではないかという予測は結果的に誤りで、私たちはそのような懸念を見事に払拭しました。

予測3:まずはレジャービジネスから戻るが、コーポレートビジネスの戻りには時間がかかる

答え:正

コロナの最中から部分的に見られたことではありますが、例えコロナ禍であってもレジャー需要はその目的地により非常に力強いものがありました。結果、レジャー予約のセグメントについては既に19年のレベルを超えているマーケットも多く見られます。現在、日本、および世界の多くのマーケットで観察されている需要の戻りも基本的にはレジャービジネスが中心になっているもので、コーポレートビジネスの牽引によるものはまだ回復途上です。デロイトの最新の調査によると、アメリカとヨーロッパの会社における出張関連の経費支出は、23年の終わりまでに19年比で66%(3分の2程度)まで回復すると見込んでいます。また同じ調査によると、19年と同じレベルまで回復するのは早くても24年遅く、もしくは25年になるだろうと予測しています。

また、コーポレートビジネスの回復の遅れは単にコロナによる直接的な影響のみならず、コロナを経て私たちに植え付けられた新たな価値観が影響していることも忘れてはいけません。コロナにより、高い水準でのリモート環境が整備された中、昨今の世界的なインフレや航空券、およびホテル価格の高騰、景気後退への懸念などが、出張の必要性を見直すきっかけとなっており、今後、コーポレートビジネスのマーケット自体がコロナ前と比べて10%から20%程度縮小するという見方すらあります。

予測4:ホテルの役割はshort-term rentalに取って代わられる

回答 誤

日本においては、どちらかというと消極的な点でクローズアップされることが多かったものの、Airbnb、Sonder 等のバケーションレンタルのビジネスモデルは、コロナ期間中、特にアメリカなどの海外マーケットで大きく伸長しました。コロナ禍においては、多くの人が集まる人混み(シティホテルなど)や、もともと人との接触場面が多いホテル自体が、利用の場として敬遠されがちでしたが、その一方、これらの懸念を払拭する形でバケーションレンタルのマーケットシェアは大きく拡大しました。STRとAir DNAの調査によると、コロナ禍の20年、アメリカにおけるバケーションレンタル(Short-term rental)市場は、一時、アメリカ全体の宿泊市場の17%にまで達しましたし「このまま従来のホテル市場は縮小していく」という見方も決して少なくはありませんでしたが、コロナを経て再び従来のホテルの市場は拡大しています。結果、一時期17%にまで達したshort-term rentalのマーケットシェアは、おおよそ12%程度まで低下しているようです。

これはそもそも「ホテルかshort-term rentalか」という二択ではなく、それぞれが異なったサービス形態であることの表れなのだと思います。家族やグループで過ごす数週間にわたる休暇の場合は、台所や生活設備が備わっているshort-term rentalの方が好まれるかもしれませんし、出張者がAirbnbの宿泊施設に泊まるということはなかなかハードルが高い場合もあるでしょう。そういう意味で、ホテルにとってはshort-term rentalとはあくまでも異なるマーケットセグメントである、消費者にとっては趣向により選択肢が増えたということなのだと思います。

予測5:コロナを経てOTAのビジネスは凋落し、ホテルへのダイレクトブッキングが主流になる

回答 現時点では不明

コロナ禍においては、ホテルのダイレクトブッキングが急速に普及しました。これはコロナにおいて不確実性が非常に高かった中、消費者にとって1番の柔軟性を持つホテルへの直接予約であるダイレクトブッキングが増えたためで、最近のD-Edgeの発表したレポートによると、アジアのホテルにおけるダイレクトブッキングのシェアは、コロナ前の25%から21年には49%、一方のOTA経由の予約のシェアはコロナ前のじつに70%から、21年には50%まで低下しました。特にOTA経由の予約基盤が非常に強固であったアジアマーケットにおいてこれだけのチャンネルシフトが起きるということは、本当に特筆すべきことだと思います。

しかしながら、コロナ収束期に向かいつつあった22年にはそのトレンドは逆転し、再びOTAがそのマーケットシェアを少し取り戻しつつあるようです。23年の第1四半期の売り上げは、Booking.comに代表されるBooking Holdingsが前年同時期と比べ40%増加、それに伴い広告費等のマーケティング関連費用も35%以上と大幅に増加してことがわかっています。もともと巨額のマーケティング費用を投じてホテルの予約をごっそり囲い込むことがOTAの手法ではありましたが、そのシェアを再び取り戻すために同じアプローチを用いるかはさておき、取られたシェアをこのまま放っておくことはしないでしょう。

対するホテルも、特に海外チェーンホテルを中心に展開してきたダイレクトブッキングを促すキャンペーンをさらに加速させていますし、消費者もコロナを経てダイレクトブッキングの存在の認知、およびその利点に気付かされた点も大いにあると思います。コロナ前のチャンネルシェアに逆戻りすることはないかと思いますが、ある程度のOTAへのより戻しはあるかもしれません。 いずれにしても、ホテルにとってもOTAにとっても互いの「愛憎関係」は今後も続いていくことでしょう。