ここまで2回にわたって、ディスプレイスメントアナリシスの仕組みやその具体的な活用方法についてご紹介しました。ディスプレイスメントアナリシスは、あるグループビジネスの引き合いに対してビジネスの置き換え(ディスプレイスメント)が発生する場合、その妥当性と販売金額を算出する客観的なアプローチです。最終的にそれぞれのグループの受け入れ可否や販売金額が、常にこのディスプレイスメントアナリシスで導き出された結果のみで結論付けられるわけではありませんが、1つの有力な判断材料として、客観的で理路整然とした根拠を与えます。

レベニューマネージャーの皆さんは、1つ1つのグループ案件の受け入れ可否と妥当な販売金額を算出し、それを客観的に提示、説明するためのツールとして、営業で普段からグループ案件を取り扱っている皆さんは、案件の妥当性をレベニューマネージャーに相談しに行く前の段階での1つの判断材料として、今日からでもぜひ活用してほしいと思います。

前回は、宿泊のみの要素を含むグループビジネスのディスプレイスメントアナリシスについて紹介しましたが、グループビジネスは単に宿泊だけでなく、滞在中にホテル内の会場を貸し切ってミーティングをしたり、またそれに関連して飲食の場をもつような場合もあります。このように、宿泊の要素以外にミーティングや飲食の要素をも含むグループビジネスについては、宿泊要素に加え、宿泊以外にホテルに売り上げをもたらすような要素も考慮したうえで、グループビジネスの受け入れ可否や金額の妥当性を算出する必要があります。

トータルレベニューマネジメント

特に日本において、レベニューマネージャーは「宿泊部門の売り上げを最大化する役目」として機能している側面がまだまだ根強く、宿泊以外の料飲や宴会部門、スパの部門なども含めた「ホテル全体の売り上げを最大化し、利益を最大化する」という「トータルレベニューマネジメント」の必要性が叫ばれて久しい一方で、この考え方のオペレーションへの実践的な導入はまだまだ進んでいないのが現状です。またRevPAR (レブパー)に代わる指標として、TRevPAR (トレブパー、トータルレベニューパーアベイラブルルーム)やGOPPAR(ゴプパー、グロスオペレーティングプロフィットパーアベイラブルルーム)などの様々な指標も提唱されています。

TRevPAR:宿泊部門の売り上げだけでなく、料飲や宴会、スパなどの部門の横断的な売り上げ、「ミスク」と呼ばれる「Miscellaneous Revenue」などで計上されるキャンセル料などの細かい売り上げをも含めた、まさに「ホテル全体の売り上げ」を販売可能室数で割った数字です。文字通り、客室から得られる売り上げにとどまらない、ホテル全体の稼ぐ力を表す指標です。

GOPPAR:RevPARやTRevPARは、宿泊部門のみ、またそれ以外も含むという「計上範囲」の違いはありますが、いずれも「売り上げ」にフォーカスした指標です。それに対してGOPPARは売り上げから経費を引いた「利益」に焦点をあてた指標を指します。ホテルの総営業利益を表すGOP (グロスオペレーティングプロフィット)を販売可能室数で割った数字です。

これらの指標を、現場レベルでより実践的なスキームとして落とし込んでいくには、まだまだ時間がかかるように思います。これらの指標をただこねくり回して、導入の重要性を闇雲に振りかざすだけでは、せっかくのこれらの指標もただの絵にかいた餅に過ぎません。この指標の意味や定義をただ一方的に説明したところで、多くの人にとっては「なんかこんな指標があるらしいよ」で終わってしまうでしょう。

この指標の重要性をわかってもらうには、まずレベニューマネジメントの組織的な位置づけを見直さなくてはなりません。レベニューマネージャーが宿泊部門だけを監督するような職責は見直さなくてはなりませんし、宿泊部や料飲部、宴会部の各部門長の下位に属しているような、言わば「コントローラー」的な職責や職位もすべて見直されなくてはなりません。その仕事内容や職責の重要性が組織全体で共有されなくてはなりませんし、その仕事が十分に全うできるようなリソース配分が実行されなくてはいけません。そして言うまでもなく、それだけの能力をもった人間を据えなくてはいけません。つまり、レベニューマネジメントの文化を十分に浸透させることが先決であると考えます。

また少し厳しい言い方をすると、私は日本のほとんどの宿泊施設において、レベニューマネジメントは依然として「宿泊部門以外の売り上げを監督したり、その利益を最大化するステージにまだ立っていない」とすら考えています。以前「なぜチャンネルごとの料金設定は機能しないかー”GDSの料金”、”OTAの料金”の限界」でも説明しましたが、「売り上げの最大化すらできていないのにそれにかかるコストの削減ばかりに執心してしまい、結果的にさらに売り上げを最大化できない悪循環」は、多くの宿泊施設が陥りがちな「木を見て森を見ず」の典型的なワナです。

「宿泊部門のみならずホテル全体の売り上げ」や「売り上げではなく利益」という次のステージに達するためにも、まずは「いかにして売り上げを最大化するか」という点に集中してほしいですし、このステージを極めるだけでも得られる果実は非常に大きいものがあります。

宿泊以外の要素を含むディスプレイスメントアナリシス

もしかしたら、あなたの職責は宿泊部の売り上げを最大化することだけかもしれないですし、仮に宿泊部門以外の要素を考慮したディスプレイスメントアナリシスに基づいた判断を行ったとしても、誰にもその重要性がわかって貰えないかもしれません。宿泊以外の要素を考慮したために結果的に宿泊部門に売り上げに影響を及ぼし、宿泊部長から「余計なことをしてくれるな」とすら言われるかもしれないですし、いくらホテル全体の売り上げを考慮した判断を行っても、あなたの人事評価基準には何ら影響を及ぼさないかもしれません。

しかしそれでも、最終的な判断にそれがどのように影響するかは別として、常に宿泊部門以外の要素も含めてホテル全体の事実を考慮し、俯瞰的な判断をするプロセスを実践してほしいと思います。なぜならば、それがレベニューマネジメントであり、例えその実践が、あなたの所属する組織としての物事の判断に影響を与えなかったとしても、その作業を行う過程で得られる実践力や考える力、そして最終的に合理的な判断を導き出す一連のプロセスは、あなたのレベニューマネージャーとしての資質を確実に強化するからです。

さて、宿泊部門以外の要素が入ってくるとそのディスプレイスメントアナリシスは途端に難しくなりそうですが、実際は、そのアプローチは明快で首尾一貫しています。宿泊部門のみの要素を考慮するディスプレイスメントアナリシスでは、もともと予測されていた「置き換えられるビジネス」と、グループによってもたらされる「置き換わるビジネス」の売り上げと利益を計算し、比較の判断基準とすると申し上げました。ここに宿泊以外の要素が入った場合、上記の「置き換わるビジネス」、すなわちグループビジネスによってもたらされる売り上げと利益に、宿泊に加え、料飲やミーティングスペースの要素を加味したうえで、置き換えられるビジネスと比較をします。さっそく例を見てみましょう。

前回と同じく、4月15日、16日、17日の3日間のグループの引き合いを例に出します。そして下記は、現時点(グループを受け入れる前時点)でのフォーキャストです。

そしてこの4月15日から3日間の日程で寄せられたグループ案件の、宿泊以外の要素も含む引き合いの全容は下記の通りです。

宿泊要素におけるグループ引き合いの室数や予算、売り上げは前回の例とまったく変わりませんが、今回は宿泊以外の要素が加わってきました。このグループは滞在中の16日に45名が参加するディナーパーティを開催することを希望しており、それに伴う食事と、大きな会場を1部屋必要としています。またこれとは別に、15日に小規模のミーティングを開催することを予定しており、それに伴い、ミーティングルームを2部屋必要としています。

結果、該当のグループは従来の宿泊要素に加え「パーティー開催に伴う飲食費」と「パーティー会場用の会場費」、そして「前日に開催される小規模なミーティングの会場費が2部屋分」の宿泊以外の売り上げをもホテルにもたらす可能性があり、これらの要素も「置き換えられるビジネス」(従来予測されていたビジネス)との比較の際に加味する必要があります。

これらの要素のそれぞれの売り上げと利益を算出した結果、該当のグループは宿泊以外の要素に以下のような売り上げと利益をもたらすことが判明しました。

ここで、前回も算出した宿泊要素の売り上げと純売上を改めて見てみましょう。まずは、このグループを受け入れることによって発生するディスプレイスメント、ビジネスの置き換えにより影響を受ける「従来予測されていたがなくなってしまうビジネス」の算出は以下の通りです。

そして次に、該当グループの予算を考慮した上で算出されたグループビジネスの宿泊要素の売り上げとその純売上は以下の通りです。

このグループを受け入れることにより「なくなってしまう従来のビジネスの純売上」は1,099,000円であるのに対し、該当グループビジネスの純売上は957,000円となり、このグループを受け入れる合理的な理由がない、もし受け入れるのであれば1室あたりの価格をあげる必要があるというのが前回の結論でした。

そして下記が、宿泊要素のみならず、該当のグループによってもたらされるホテル全体への純売上の一覧です。

該当グループの純売上は、宿泊分の957,000円、さらに料飲、ミーティングスペース分の835,000円を上乗せした金額、1,792,000円となりました。宿泊要素以外を考慮した結果、このグループを受け入れることによってホテル全体が得る利益は、本来予測されていたビジネスの1,099,000円を上回ることとなり、このグループを受け入れることの妥当性が確立されました。

また同時に、この試算は該当グループの現宿泊予算について「ある程度の余力」があることも示唆しています。もともと予測されていた「置き換えらえるビジネス」の予測売り上げは1,099,000円でした。つまり、該当グループによってもたらされる売り上げが1,099,001円以上であれば、ホテルとしてこのグループを受け入れる金額的な妥当性が成り立つことになります。仮に該当グループの宿泊費用について交渉が入り、1室あたりの予算を10,000円に下げられないか打診があった場合、その妥当性はどうでしょうか。

もし宿泊料金を1室あたり10,000円まで下げたとしても、その下げ幅を宿泊要素以外で十分に吸収することができ、依然として、このグループビジネスがホテル全体にもたらす純利益が置き換えられるビジネスを上回ることになります。このように、ディスプレイスメントアナリシスを用いることによって、該当グループの宿泊・料飲・ミーティングスペースについて「何をどこまで価格調整できるか」という交渉判断の1つの指標とすることができます。

ここまで3回にわけて、グループ予約の受け入れ可否の妥当性とそれに伴う適切な宿泊料金の算出を行う「ディスプレイスメントアナリシス」についてご紹介しました。既にレベニューマネジメントシステム(RMS)を導入しているホテルは、その機能の一部として最適な団体料金を算出するツールが一般的に備わっていると思いますが、その計算にはいまご紹介したディスプレイスメントアナリシスのロジックが適用されています。(背後に組まれているアルゴリズムはもう少し複雑です)

またRMSを導入していないホテルについては、今日からでもぜひこの手法を取り入れてほしいと思います。あらかじめエクセルでテンプレートを作成し、それぞれの金額(部屋数や予算、コストの割合)に関わる計算式を前もって入れておけば、グループ予約の引き合いごとにその条件の入力だけですぐに目安が表示されるツールとして、活用できるでしょう。

宿泊のディスプレイスメントアナリシスについては、どうしても最新の正確なフォーキャストと比較する必要がありますので都度の分析が必要となりますが、宿泊以外の食事やミーティングスペースについては、売り上げ(販売金額)に占める純売上の割合がある程度規則的な場合もあります。例えば「宿泊以外の要素(食事+ミーティングスペース)についての純売上は、売り上げのおおよそ50%」といったような規則的な目安があるようであれば、特に営業マンの方にとっては、「宿泊分を補うことができる余力」を示すより簡易的な判断材料の1つとして頭に入れておくと良いでしょう。