前回の「ADR (平均単価)をあげるにはBARを上げる?―ステイコントロールで需要を誘導する(2)」では、おもに4種類のステイコントロールを例に挙げて「コントロールの強弱」で需要をコントロールする方法をご紹介しました。実際にはステイコントロールにはこの4種類以外にも様々な種類のものがありますが、ステイコントロールを用いる際は、このコントロールの強弱にコントロールの範囲を重ね合わせることによって、その使い方は何層にも広がります。今回はこのコントロールの範囲について取り上げます。

ステイコントロールの範囲を”コントロール”する

ステイコントロールは、その種類によりコントロールする強弱が異なるということは既に申し上げました。需要の勢いやその意図に応じて異なる種類のステイコントロールを活用するのがレベニュータクティクスですが、そのステイコントロールを適用する範囲にも程度があり、使用するステイコントロールの種類とその適用範囲をうまく組み合わせることで、いくらでもその強弱の幅を持たせることが可能になります。

ホテルレベルでのステイコントロール

ホテル全体に対して一括で適用するステイコントロールのレベルを、ホテルレベルといいます。料金タイプや部屋タイプに関わらずすべての条件に対して適用されますので、適用範囲が1番広いステイコントロールです。したがって、ステイコントロールの「度合い」が1番高いハードクローズをその「範囲」が1番広いホテルレベルでかけることが、すべてのステイコントロールの中において1番厳しいものになります。

ルームタイプレベルのステイコントロール

特定の部屋タイプに対して適用するステイコントロールを、ルームタイプレベルといいます。ホテルレベルでの広範囲なステイコントロールと比べ、特定のルームタイプのみにその対象を絞ったステイコントロールです。例えば、通常ブッキングペースが早いスタンダードルームのみに早い段階でステイコントロールを課すことで、予約のペースをなだめつつ他の日程や部屋タイプに需要を流す効果を期待できます。

レートレベルのステイコントロール

特定のレートタイプ(料金コード)に対して適用するステイコントロールを、レートタイプレベルといいます。例えば、ブッキングペースが上がってきたときに特定のプロモーションだけを販売停止とする、またはミニマムステイ(最低宿泊日数)を課すといった時に使用されます。

ここまで、様々なステイコントロールの種類とその適用範囲の段階について、実践的に説明をしてきました。このステイコントロールはレベニュータクティクスにおける要です。その目的に応じて豊富な種類を持つステイコントロールと、その適用範囲を組み合わせることでいくつものシナリオに対応することができ、価格コントロールをすることなしに相当な範囲の需要のコントロールをすることが可能になります。

繰り返しになりますが、価格コントロールはまずこのステイコントロールが完全に実行され、その上でのさらなる必要性に応じて実行されるべき施策です。ステイコントロールをまったく、もしくはほとんど活用せずに、価格コントロールだけに頼るようなレベニュータクティクスは、視野を狭め、売り上げを最大化することができないばかりか、中・長期的にそのホテルのブランドイメージを棄損することにもつながります。

スタンダードルームの価値とは?

「スタンダードルームとスイートの部屋、どちらに価値があるかと思いますか?」という質問に対しては、ほとんどの方がスイートであると回答されるでしょう。金銭的な比較をすればスイートの方が当然価格は高いわけですから、そういった意味でスイートの方に価値があるということは間違いありません。

一方で、消費者の購買意欲という点でいえば、間違いなくスタンダードルームの方に価値があると思います。そしてその価値は、予約のリードタイムが短くなりラストミニッツになればなるほど、さらに上がるとさえ考えています。ラストミニッツになればなるほど、どのホテルにおいてもスタンダードルームの空室はなくなる、つまりその供給が絞られる中で、依然として「スタンダードルームがほしい」という需要は旺盛だからです。

私がこの事に気づいたのは、まだホテル業界で働き始めて間もないころ、宿泊予約課のエージェントとして日々、宿泊予約業務にたずさわっていた時でした。週末やクリスマス、年末などといった繁忙期には当日予約の引き合いも非常に盛んで、朝から晩まで「今日泊まれますか?」という問い合わせが止みません。空室が限られる中、売れ残りやすいスイートの部屋を案内すると、決まって「スタンダードでいいんだけど」ですとか「スタンダードはないですか?」という回答を頂戴し、スイートしか空室がないために予約に至らなかったケースがほとんどでした。

一方で、まれに直前のキャンセルなどが理由でスタンダードルームに空室が出ている場合の成約率は高く、価格コントロールにより平時のスタンダードルームの価格よりかなり高い価格設定になっているにも関わらず、「スタンダードルームが空いているなら」と成約されるケースが多くありました。

この事例が示していることは、消費者は「スタンダード」を1つの価値として捉えているのではないかという点です。いわゆる、松竹梅があると多くの人が真ん中を選びたがるのと同じく、消費者にとっては竹を選べるということが重要で、例え松の価格が相対的にどれだけ安かったとしても、竹を選ぶ(スタンダードルームに泊まる)ということが安心感を生み、竹が選べるということ自体の価値につながっているのではないかと思ったのです。

このことから、特に繁忙期については「いかにラストミニッツまでスタンダードルームの空室を残しておくことができるか」という点が非常に重要であると、個人的に考えています。一般的に、ホテルは価格の安いスタンダードルームから空室が埋まってくるというブッキングカーブはどこのホテルも変わりません。どこのホテルでもラストミニッツに空室があるとすれば、それは価格の高い上のカテゴリーの部屋タイプ、そしてスイートでしょう。

一方で、それらの部屋タイプの購買は、ただでさえも「上の部屋カテゴリーである」という心理的なハードルがあることに加え、「スタンダードルームと比べて価格が高くなる」という金銭的ハードルも上がります。ラストミニッツには確固たる、そして決して見逃すことのできない一定の購買層があるにもかかわらず、ほとんどの場合においてスタンダードルームは空室がないというこのミスマッチを解消することで、多くのホテルがこのラストミニッツ需要をもっと享受できるようになるのではないかと思います。

そしてラストミニッツまでにスタンダードルームの空室を残しておくためにも、スタンダードルームに対するルームタイプレベルの計画的なステイコントロールや、上のカテゴリーを最後まで残さずにどうやって売り切っていくかという施策を前もって実行することは欠かせません。上のカテゴリーやスイートの部屋タイプの価格コントロールを含めた販売施策に関してはあまり積極的ではないホテルも多いですが、スイートや、上の部屋カテゴリーの空室が最後まで残ってしまうことをいつも座して待っていて「やっぱり価格が高いから売れないね」ではなく、そういった部屋も含めていかに全客室を販売することが売り上げを最大化につながることは言うまでもありません。

何度も申し上げている通り、ホテルの客室販売は決して早い者勝ちではありません。早く予約した消費者にはスタンダードルームという選択肢があって、ラストミニッツで予約する消費者にはスタンダードルームの選択肢がないという「決まり」はありません。多くのホテルでは、適切な販売計画がなく早い者勝ちで予約されている結果、そのような状況になっているだけです。

リードタイムごとの確固たる需要の波がある中で、その最後の大きな一波であるラストミニッツまでスタンダードルームの空室をきちんと残しておく販売計画は、消費者にとってはラストミニッツでもスタンダードルームの空室を見つけることができるというメリットがあるほか、ホテルにとっても、ラストミニッツであるがゆえにある程度の価格コントロールを反映させた形で、それでも上のカテゴリーやスイートよりかは購買に対する金銭的・心理的ハードルの低い、スタンダードルームで最後まで売り切ることができるというメリットがあります。

どうしても価格コントロールの側面だけが強調され、ホテルで働く人にとってでさえも「レベニュータクティクスは価格コントロール」と誤解されることが非常に多いですが、そのコントロールの深度の深さと範囲の広さ、さらに幾重にも考えられるその組み合わせの多様性という点で、ステイコントロールは時に価格コントロールよりはるかに大きな効果を持つタクティクスの1つです。

現在のシステム環境でステイコントロールは可能ですか?

ここまで見てきたとおり、レベニュータクティクスにおけるステイコントロールは、価格をコントロールすることなく需要のバランスを調整することができる重要なアプローチの1つですが、残念ながら多くの、特に日本のベンダーが提供するPMSやチャンネルマネージャー(サイトコントローラー)においては、ハードクローズ以外のステイコントロール機能がほとんど実装されていないのが現状です。

このことに関して、PMSやチャンネルマネージャーのベンダーだけを責めるのは酷かもしれません。そもそも多くの日本のOTAの管理方法にはこのステイコントロールという概念がありません。「販売開始にするか・停止にするか」というコントロールしか許されていない環境下の中で、そのステイコントロールに対する理解力のなさ、姿勢が関連する様々なベンダーにも波及しているからです。

先に少し述べましたが、日本においては「連泊」という概念をプランとしてとらえる文化が依然根強く、例えばミニマムステイのステイコントロールを行おうとしても、連泊プランという「連泊でしか予約することができないプランを作成する」という扱いでのコントロールとなり、それでは意味合いがまったく異なってしまうのが実情です。そして、このステイコントロールに関する乏しいコントロール環境が、結果的に、レベニュータクティクスと言えば価格コントールと結びついてしまう文化を作っている遠因にもなっているのだと思います。

今まで様々な場面で「効果的、かつ機動的なレベニューマネジメントを実践していくにはそれを実行するに見合ったディストリビューションの構築が欠かせない」と言及してきましたが、レベニューマネジメントとディストリビューションは常に表裏一体です。様々なレベニュータクティクスの手法があり、それらを本の中で知って実際に実践しようとしても、それを実践できる土壌がなければ(システムがそのやり方を受け入れない、技術的に対応できない)、それらは単なる机上の空論に過ぎません。

皆さんはここで「システムが対応していないならしょうがない」と諦めますか?「新しいシステムに変更すると今より100万円、余計に投資費用がかかるから」と現状に甘んじるでしょうか?その諦めは、確実にそのホテルの売り上げ最大化への可能性を削り取っていきます。

例えば1か月3,000万の売り上げをあげるホテルがあり、そのホテルがたった5%売り上げを底上げするだけで、1か月の売り上げは3,150万円となります。それが1年続くと、もともと3億6,000万だった年間のホテルの売り上げは3億7,800万となり、1,800万円の売り上げが上乗せされます。そのうちの300万円だけを使ってシステムを変更するのはどうでしょうか?さらにこの1,800万の上乗せが3年間続くと上乗せ分は5,400万に膨れ上がります。このうちのたった1割、540万円だけを使ってシステム変更をするのはどうでしょうか?

レベニューマネジメントは、それが適切に、そして積極的に活用されれば、毎月5%の売り上げ増などゆうに達成できてしまうような可能性と破壊力を持っています。それを享受するために皆さんに必要なものは、新しい変化を受け入れようとするちょっとした柔軟性と、その挑戦に対するちょっとした勇気です。このブログが、皆さんのそういったちょっとした一歩に対する後押しになるよう、私はこれからも発信し続けていきます。