ここ2、3年、日本のホテルにおけるレベニューマネジメントは、おもに「ダイナミックプライシング」という観点からにわかに注目を浴びています。スタートアップ企業を中心に「価格決定を自動化」、「人工知能を駆使した価格決定」、なかには「レベニューマネジメントシステム」という謳い方をした商品が、次々と発表されています。技術の進歩とともに、新しい商品が世の中に次々と生み出されていくことは非常に喜ばしいですが、このような状況は同時に、これらの商品が本当に自らのホテルに資するものなのかを見分ける見識をホテル側に要求します。私はこういった新興企業の商品を実際に使用したり、目にしたことはほとんどありませんが、レベニューマネジメントシステム(RMS)は以下のような機能を兼ね備えているべきだと思います。

・内的要素(ヒストリー)を読み込む

レベニューマネジメントにおける重要な職務の1つ、フォーキャスト(需要予測)は、過去の実績(ヒストリー)にもとづいて行います。ホテルのパフォーマンスは季節波動、曜日波動に大きく左右されるビジネスであり、この「ある程度決められたビジネスの波がある」という特徴が、過去の実績にもとづくフォーキャストを可能にしています。近年は、このヒストリーに対して「フォワードデータ」と呼ばれるデータが注目されており、現在、どの日程での検索ボリュームが非常に大きいか、どの目的地への航空便が頻繁に予約されているかといった「現在のデータ」をレベニューマネジメントにいかす試みが行われております。ただ、少なくとも現段階において、このフォワードデータの活用はまだ試行錯誤の段階であり、レベニューマネジメントではあくまでも過去の実績にもとづいたデータを基本としつつも、フォワードデータはそれを補完する役割をはたしているといえるでしょう。フォワードデータを含む一連の「外的要素」だけによるフォーキャスト、それに基づく価格や在庫のコントロールだけでは不十分といえます。

・フォーキャストを行う

最適な価格を導き出すには、正確な需要予測(フォーキャスト)があることが前提となります。過去の実績とマーケットの情報、フォワードデータを活用して、いかに正確なフォーキャストを導き出すことができるか、これはその製品の信頼性にもつながる大切な要素です。ホテルは販売可能室数という「在庫数が決められた商品」です。リテールのように、販売状況に応じて追加発注や返品はできません。限られた商品数の販売でいかに最大の売り上げを導き出すかという点でフォーキャストは重要ですし、フォーキャストに基づかない販売、例えば「この検索日ではOTAの検索ボリュームが多いので価格を上げましょう」という判断は短絡的と言わざるを得ません。

・マーケットセグメント

マーケットセグメントはレベニューマネジメントの要です。適切なマーケットセグメントの設定とその管理、それにもとづいたデータ収集は、レベニューマネジメントの成否に大きくかかわります。一方で、残念ながら、このマーケットセグメントの設定がきちんと行われているホテルは非常に少ないというのが私の印象です。適切なマーケットセグメントが設定されており、それに伴った運用が行われていることが、RMSの大前提となります。

・RMSにとってAI (人工知能)は珍しいものではない

近年、マーケットに登場しているレベニューマネジメントサポートツールの商品紹介を見ていると、やたら「人工知能を駆使して」ですとか「AIを活用」という言葉が乱発されております。これは、ここ3,4年でにわかに注目を集めた「人工知能ブーム」の時流に乗じて、よりキャッチーな言葉を使って人目を引くという、いわば人工知能という言葉を商業活用している側面が非常に強いと思います。「AIを活用」と言われると、何となく「すごいものだ」と感服してしまいますが、まず、この人工知能という言葉は今もって様々な定義が存在し、「人工知能とは〇〇である」といった統一した定義はありません。その前提において、この人工知能の領域に内包されるといわれる「機械学習」(マシーンラーニング)の手法については、このRMSにおいて黎明期からすでに用いられている手法です。RMSはその該当ホテル(または他のホテル)、さらにはマーケットから得られる膨大な量のデータを蓄積し、アルゴリズムを通して何万通りものシナリオを構築していくことにより、状況に応じた最適なフォーキャストや価格設定を行うことを可能にしています。新たなデータを得ることによって、さらに新たなモデリングを行っていく機械学習を恒常的に行っているRMSにおいて、人工知能の活用という点がとりわけ新しく画期的であるということではありませんが、コンピューター性能の進化により、その学習能力は年を追うごとに向上しているということはいえると思います。

・分析結果、最適な提案をPMSに返す

この分析結果、および最適な提案をPMSに返すという点は、繰り返し述べているホテルディストリビューションにおける根深い「相互接続」の問題と深い関わりがありますが、私はRMSの真骨頂は、この「PMSに返す」点にあると考えています。つまり、RMSは受け取った情報をもとに様々な分析、データプロセシングを行い、各セグメントにおける最適な価格設定を導き出し、ある特定日のホテル全体、もしくは部屋タイプごとのオーバーブッキングの必要性などを特定するわけですが、その指示をPMSに返し、PMS内の設定料金と在庫状況がすべて自動的にアップデートされるという一連の作業を経て、はじめて戦術的な仕事は完了するからです。こういったツールが、ただ独立した別個のシステムとして働いているだけで、ホテルにとってのいわゆる「参考情報ツール」としての役割しか果たさないのであれば、場合によってはその情報はホテルにとって「へー、そうなんだ」程度で終わってしまいます。この提案が実際にPMSに反映されないということはもちろん、ホテルにとっての最適な価格や在庫設定が実行されないというマイナス面もありますし、機械学習が様々なシナリオにおける結果を読み込み、それをもとにさらに学習していくという特徴がある中で、その学習能力にも影響を及ぼします。単に分析を行ってその結果を提示するというだけでなく、PMSに分析結果と最適解を返し、さらにPMSからその提案がすべての販売チャンネルまで反映されるというサイクルが全て滞りなく「自動的に」達成されるために、PMSとの完全な相互接続はRMSとして必ず備わっていてほしい機能です。

RMSの導入を検討するにあたっては、「どこまでレベニューマネジメントの戦術的な仕事を自動化できるか」がカギとなります。中途半端な自動化しかできない場合、それはレベニューマネージャーにとって、単にもう1つ仕事が増えることに他なりません。RMSは、きちんと導入することによって、ホテルにおけるレベニューマネジメントの戦術的な仕事を自動化できる非常に革新的なシステムとなり、その効果は特に部屋数の多いホテルや、いくつもの施設を抱えるチェーンホテルにとってより顕著となるでしょう。短期的な投資は大きくても、中・長期的な観点からみると決して無駄ではない投資だと思います。場合によっては、PMSを含めたホテルディストリビューションをすべて見直すような荒療治が必要となりますが、このRMSによって戦術的な仕事を自動化していく流れはもはや必然です。それを今取りかかるか、5年後、10年後にとりかかるか、もはや「いつやるか」の点にすぎないという点は、私の個人的な予測としてここに記しておきたいと思います。