2021年の展望― ホテルがいまできること、できないこと

2021年になりました。昨年はたくさんの方にこのブログをお読みいただき、ありがとうございました。11月に開設したばかりでしたが、日々、多くの方に反応やご連絡をいただき、反響の多さに驚くばかりでした。今年もできるだけわかりやすく、ホテルにおけるレベニューマネジメント、ディストリビューションについて皆さんにご紹介していきたいと思います。

さて、ホテル業界にとって前代未聞の災害級の年から新たなページがめくられました。残念ながらカレンダーをめくるようにコロナ禍もめくるとはいかず、昨年に引き続き、ホテル業界にとって極めて厳しい社会情勢が続いております。

私はレベニューマネジメントという職種柄、このコロナが世界的に流行してから、ホテル業界の今後の展望を聞かれる機会を非常に多くいただきます。いつ頃回復するのか、いつ頃需要は戻るのか、インバウンドはいつ頃回復するのか?この類の質問を非常に多く受けますが、基本的には明言を避けるようにしています。確かに、レベニューマネジメントは過去のヒストリーをもとに需要予測を行うことをその業務の柱としていますし、危機的状況を含めた過去の様々な状況における確固たるデータや、そのケーススタディがあります。

しかし現在のコロナの世界的大流行は、残念ながら過去のどのような事象とも比べものになりません。私がホテル業界で働き始めてから、リーマンショックや東日本大震災など、ホテル業界は数々の試練を経験してきました。それ以前にも、アメリカの同時多発テロや湾岸戦争などの政情不安に伴いホテル業界は大きな打撃を受けましたが、そのたびにこれらの苦境はホテル業界の未来へ大きな示唆を与えてきました。しかし今回のコロナの世界的大流行は、これらのどの事象とも比較にならないくらいの衝撃をホテル業界にもたらし、この影響が出始めたころは、リーマンショックや同時多発テロ時のヒストリーデータをもとにこの先の状況を占う試みもあちこちで見られましたが、現在はこういった試みすらほとんど聞かれなくなっています。それだけ前代未聞の出来事であり、過去のどのようなシナリオもほとんど参考にできないことを物語っています。

また、あまりにも不確実要素が多すぎることも、これからの未来を非常に予測しにくくさせています。レベニューマネジメントの基本的なアプローチは、できる限り正確な需要予測を行うことによって未来の不確実性を減らし、状況をコントロール可能な状況にもっていくことです。この不確実性をできるだけ減らすという行為に対して、あまりにも不確実な要素が多すぎます。ワクチンの接種が始まりましたが、まだこの先は気の遠くなるような普及段階がありますし、その間にあと何回、感染の波を迎えることになるのか想像もつきません。Go Toトラベルなどの国内旅行、地域旅行の需要の底堅さは日本だけでなく世界中でも見られていますが、これも完全に感染状況に左右される状況です。インバウンドビジネスは日本のホテルにとっての生命線ですが、これも各地域の感染状況や各国の政治的事情にも大きく左右されます。

このような状況の中で、あと2年はかかるのではないか、V字回復を見せるのではないかといった予測はほぼ不可能に近く、また不確実なことを最もらしく申し上げることはまったく本意ではありませんので、この手の質問には常に「わかりません」と回答するようにしています。

現段階において、この未来予測や中・長期的な需要予測は「ホテルができないこと」に該当すると言えます。私たちは引き続き、先の見えない不確実性とうまく付き合っていかなくてはなりません。一方で、ある程度予測可能なことがあるのも事実です。いつ戻るかはわかりませんが、どのようなビジネスが先に戻ってくるか?という点はある程度予測ができます。また需要がどのような形で戻ってくるのかという「予約の形態」についても、既にいくつかの示唆があると言えます。

レジャー需要の戻りは迅速で、ビジネス需要の戻りは遅い!?

いつ戻るかという時期は置いておいて、需要の戻りが始まった場合、その戻りに対する感応度が高いのはレジャー需要でしょう。これは日本国内においても、Go To キャンペーンなどのレジャー旅行の需要喚起策に対する需要の急激な高まりなどで既に実証されている通り、人々のレジャー旅行に対する意欲は高いと見られます。

私は、旅とは人間の根源的欲求であると考えています。自らの知的好奇心を刺激するために、まだ見ぬものを見に行きたい、非日常を体験したいという欲求を満たすために行われる旅行は、旅行における最大の担保である安全がある程度確保され次第、力強い戻りを見せると思います。インバウンドに関しては特に、いつ戻るか、どこの国々に対してレジャーでの往来が許可されるかという不確実要素はありますが、レジャーの戻りが強いという点は国内旅行であってもインバウンド旅行であっても変わらないでしょう。

一方でビジネストラベル、特に海外のビジネス需要に関しては、それが個人、グループのビジネスであれ、需要の戻りに対する感応度は高くないと思います。従業員を出張で各地に派遣する、特にそれが国をまたいだ移動の場合は、どうしてもそれに伴うリスクが比例して高くなります。各企業は従業員の安全を守ることが最大の責務である中で、リスクが高まる海外に従業員を派遣すること、ましてや国ごとに感染状況やその対策度合いに温度差がある中では、どの企業もすぐには積極的に海外に人を派遣するという流れにはならないと思います。

またオンラインミーティングツールの操作性も、この危機をきっかけに飛躍的に向上しました。今まで出張をして対面することによって行われていたいくつかのビジネスは、このようなオンラインミーティングツールで代用できることも十分証明されました。例え今回のコロナの状況が落ち着いてきたとしても、出張需要が19年と同じレベルまで戻るには数年単位での時間がかかるでしょうし、一部の大規模な会議などは、オンラインとオフラインを併用したハイブリッドイベントの形に恒久的に変化すると思います。

この出張需要の戻りに関しては、エリアごと(国内)、地域ごと(アジアなど)、全世界(大陸をまたいだ移動)ごとなどの地理的な段階的戻りに加え、ビジネスの形態や業界ごとにも戻りの濃淡が分かれると思います。

まずビジネスの形態として戻りが早いのが、個別に会うことが必要な顧客とのミーティングやその活動でしょう。それは例えば工場業務に関わりがある製造業、建設やプロジェクトなどで現地に赴かなくてはならないエンジニア系の仕事などが該当してくると思います。続いては、内部で完結できるビジネス活動が戻ってくると思います。それは例えば会社内の会議であったり会社内のトレーニングなど、不特定多数の人と接触する機会はなく、また訪問する場所にも限りがあるビジネス活動の戻りがあるでしょう。

最後まで戻ってこないと思われるビジネス活動、それはトレードショーや展示会、大規模会議といった不特定多数が参加する大規模なビジネス活動であり、こういったイベント系のビジネス活動はバーチャル技術をいかしたハイブリッドな形態での運営が可能なことが証明されていることから、もし今後、数年単位で感染症に対する完全な安全が確立されたとしても、各企業がこの分野に振り分ける出張や経費を減らす、または再分配してくる可能性も十分あります。

ダイレクトブッキングの流れを恒久化できるか

ホテルの予約方法について申し上げれば、実は前回の不景気、リーマンショック時は、OTAがその力を大きく躍進させたきっかけにもなりました。リーマンショックの不況によりホテル業界全体のパフォーマンスが大きく落ち込む中で、平均単価よりとにかく販売室数を確保することに懸命であったホテルにとって、在庫を売りさばくことに強みを持つOTAのプラットフォームは、まさに渡りに船でした。そしてこれは、ホテルとOTAの関係が完全に逆転した瞬間でもありました。

それに対して2015年から始まったブックダイレクトキャンペーン、ホテルへの直予約を促す動きは、堅調なホテル需要の推移を背景に、ホテルが再びOTAからその主導権を戻すことがその背景にあり、この力の均衡化はインターナショナルチェーンホテルにおいて成功しました。今回再び、経済危機という点では前回のリーマンショックを大幅に上回る状況になりましたが、これはまたOTAの躍進を許す機会になるのでしょうか?

それを占うカギが、現下のこのコロナ禍の状況において、世界的に見るとホテルの公式ウェブサイトにおける直予約が増えているというトレンドです。皆さんのホテルはどうでしょうか?OTAの1つの強みは、様々な異なる情報をできる限り共通化して、1つのプラットフォームで提供することです。しかしこのコロナが生み出した地域や国ごとに全く異なる状況は、情報の共通化という作業を著しく難しくさせました。

例えばホテルが行っている感染対策1つをとっても、感染対策を行っているのか、どのような感染対策を行っているのかはホテルによって様々です。その多種多様で複雑な情報をできるだけ簡潔に、なおかつ共通の用語で表現することは極めて困難だと言わざるを得ないでしょう。またこのような環境下では、消費者も「感染対策を行っています」という一義的な情報ではなくて、「具体的にどのような対策を行っているのか」という目に見える形での情報を求めます。その結果、OTAで表面的な情報のみを参照して予約するのではなく、各ホテルの公式ウェブサイトをきちんと確認したうえで予約をしているという予約行動につながっていると考えられます。

さらに、例えホテルを予約したとしても状況の急変によりいつ旅程を変更しなくてはならないかわからない、この不確実性の高さも、消費者にとってより融通が利くと考えられている、ホテルでの直接予約を促している大きな原因の1つだと思います。

このコロナ禍以前でも、ホテル予約をする消費者は予約検索の過程で1度はホテルの公式ウェブサイトを参照するという購買行動は有名ですが、まさにこの動きがこのコロナによりさらに顕著になっている現状があります。今まではどのホテルも必死になって、検索エンジンの多大な金額を投資して何とか自社ウェブサイトを参照してもらおうという活動を長きにわたり行ってきたわけですが、このコロナの状況が、消費者に積極的に公式ウェブサイトに訪問させるという流れを作り出しています。ホテルとして、このような流れを恒久的に作り出すことができるか、これが今後のホテル予約行動の流れを決める大きなカギとなってくるでしょう。

今回のコロナ禍で、多くの消費者がホテル公式ウェブサイトを参照し予約しているという一連のトレンドは、次の2つのことを示唆しています。まずは「より詳細な、そして自らに関連がある情報を求めるためであれば、消費者は積極的に公式ウェブサイトを訪れること」、そして「柔軟な予約対応を期待して消費者が公式ウェブサイトを訪れること」です。ホテルがコロナ後もこの2つの点をうまく利用した仕組みづくりを確立できれば、消費者が公式ウェブサイトで予約し続けるという流れを恒久的に作ることができるかもしれません。

またこのコロナ禍においては、消費者にとって必ずしも価格がホテルを選択する上での第1の要因ではない(第1の要因は適切な感染対策が取られているか)という状況も、ホテルが直予約を進めるにあたって有利な状況を作り出しています。価格に強みを持ち、消費者にとっても価格が1番の魅力であるOTAと同じ土俵で戦おうとしても勝てるわけがありません。提供する価格を同じにしたうえで(レートパリティ)、いかに価格以外の点でOTAと差別化できるかということが、消費者にとって公式ウェブサイトで予約するか、OTAで予約するかといったチョイスを提示することになると思いますし、まさに現下の消費者の予約行動と公式ウェブサイトで予約することへの強い流れは、価格以外の要素に関する非常に大きな可能性をホテルに示唆していると思います。

ある大学の教授が「このコロナ禍においてビジネスにおこっている変化は、何も今回のコロナをきっかけとしておきたわけではない。変化はコロナ以前から既に始まっており、このコロナはその変化を単に加速させているに過ぎない」と述べておられました。私もこの意見には100%同感です。コロナ以前にも確実に、ただゆっくりと進んでいたビジネス環境の変化は、このコロナをきっかけにはっきりと目に見える形で、さらにその変化は大きく加速しました。

これはホテルにおいても例外でなく、厳しい言い方をすると、この変化についていくことができないホテルは早晩、存続が危うくなるでしょう。特に、ホテルにおいてこの変化への早急な適応を求められているのがレベニューマネジメントで、新たな需要や旅行形態をいち早く察知し、そういった変化にもとづいた販売戦略に修正、または完全に作り変える必要があります。そしてこのコロナ禍でどのホテルもビジネスに苦しむ中、ここ数年、インバウンドの忙しさを理由にほとんどないがしろにしてきた変革の必要性に対してどれだけ真摯に向き合い、この期間を使ってコロナ後のための種まきを行ってきたか、その答えはこのコロナショックが明けたあとにパフォーマンスという形になって明確に現れてくると思います。そしてこれこそが「いま、ホテルができること」と言えるのではないでしょうか。