この4,5年で「ダイレクトブッキング」(直予約)という考え方はホテル業界にすっかり浸透しました。ホテルはいかにダイレクトブッキングの割合を上げようかと毎日苦労していますし、テレビCMなどで「〇〇直!」などといった宣伝文句が盛んに喧伝され、消費者側にもホテルへの直接予約はお得という考え方が浸透しつつあります。

しかし現実は、OTAなどの他のチャンネルからダイレクトブッキングへの転換はなかなか進んでいないというのがほとんどのホテルにとっての実感でしょう。ダイレクトブッキングを推進するためのテクニックはいくつかありますが、実際はそのテクニックを最適な方法に落とし込めていなかったり、それらのテクニックをやってはいるものの、なかなか成果が上がってこないという悩みを抱えているホテルは多いかと思います。今回は改めて、なぜホテルにとってダイレクトブッキングが重要なのか、そしてそれを推進するためのテクニック、取り巻く課題について取り上げてみたいと思います。

ホテル業界で直予約を推進しようという動きは、2015年あたりから、おもにインターナショナルチェーンホテルを中心に強力に推し進められました。例えばヒルトンは、2016年にアメリカで「Stop Clicking Around!」(クリックし回るのを止めましょう!)という大規模なマーケティングキャンペーンを開始し、安いディールを探して色々なウェブサイトを回遊することを止めて、ホテルへの直予約を促す大胆なチャンネルシフト戦略を取りました。2019年のインタビューにおいて、ヒルトンのCEOは「ウェブダイレクトチャンネルはヒルトンにおいて最も成長しているチャンネルであり、その成長速度はOTAより早い」と述べており、さらに「ヒルトンにおけるダイレクトチャンネルの割合は全体のビジネスのおおよそ75%を占めており、そのうちウェブダイレクトチャンネルの占める割合は半分程度である」とコメントしています。

ここで言及しているダイレクトチャンネルの定義ははっきり述べていないものの、一般的にホテルやコールセンターへの電話予約などが含まれるダイレクトチャンネルの割合が、75%という高い割合を占めていることは非常に驚きです。そして、その中の半分がウェブダイレクトチャンネルということは、ホテル全体で40%程度の予約がウェブダイレクト、ウェブの直予約で入っているという想定ができますし、その後の伸びを鑑みると既に半分程度にまで達しているかもしれません。ウェブ直予約の比率は地域によっても濃淡があると言われており、特にアメリカにおいてその割合は高いとされていますから、地域によっては全体のビジネスの70,80%がウェブ直予約で入ってくるホテルもたくさんあると思われます。

翻って、日本の宿泊施設のほとんど占めるローカルチェーンホテル・旅館や、独立系のホテル、宿泊施設におけるウェブ直予約の割合はどうでしょうか?ホテルグループや施設によって非常に高いウェブ直予約の割合を持っているところもあるかもしれませんが、一般的にいって多くても20%から30%程度、場合によってはほとんどすべてのウェブ予約がOTAで入ってくるというホテルも非常に多いと思います。

この直予約を促す流れが世界的に始まった背景には、ホテルにとって増え続けるアクイジションコスト(Acquisition Cost)の問題がありました。アクイジションコストとは、顧客を獲得するのに必要なコスト、例えばホテルへの電話予約の場合はフリーダイヤルのコストや宿泊予約係の人件費などを指し、OTA経由の予約の場合はOTAへの送客手数料、チャンネルマネージャー(サイトコントローラー)通信料、OTAへのマーケティング費用などを指します。

そこには、急速に宿泊予約プラットフォームにおけるOTAの力が強くなりその規模をいかした送客量が増え、またホテルとの関係におけるパワーゲームで主導権を握られつつあった中、再びホテルがその主導権を握り返し、増え続ける顧客獲得コストをコントロールしたいという切実な悩みがありました。

イメージしやすいように、ここでそのアクイジションを実際に比較してみましょう。OTAからの予約とホテルのウェブ直予約、その獲得コストはどれだけ違うのでしょうか?例えば同じ単価20,000円の予約を受注したとしても、その受注がOTAからであったか、公式ウェブサイトからであったかで、そのコストは次のように異なります。

例)

・ある契約OTAの送客手数料が17%、チャンネルマネージャーの通信料が1件200円

→獲得コスト:3,600円 内訳:手数料3,400円 通信料200円

・公式ウェブサイト経由の予約はチャンネルマネージャーの通信料で1件200円

→獲得コスト:200円 内訳:通信料200円

もし、年間を通してこのOTAから単価20,000円で1,000室泊の予約があった場合、そこからもたらされる売り上げは2,000万円ですが、そのうちの340万円は送客手数料として支払い、全てが1泊の予約と仮定するとさらに20万円を通信料として支払います。

一方でそれがすべて公式ウェブサイト経由からの予約であった場合、同じく2,000万の売り上げに対してかかるコストは通信料の20万円のみです。別途、予約エンジンの成約料や月額費用がある場合もありますが、それを考慮してもその差は歴然としているのがお分かりいただけると思います。もしOTAからの年間の送客室泊がこの10倍あったら、チェーンホテルで100件のホテルがあったら、この状況が10年間続いたら・・・インターナショナルチェーンホテルが、まさに食うか食われるかの覚悟でこの大規模な施策に踏み切ったことも頷けます。

ホテルとしてウェブ直予約を推進することのもう1つの利点は、少し乱暴な言い方とはなりますが、ウェブ直予約がされることによりその予約と、顧客をホテルがコントロールできるようになるという点であると言えます。公式ウェブサイトからホテルが予約されると、その時点でホテルはその顧客の情報を完全に知ることができるようになります。

メールアドレスといった個人情報から、もし予約時にニュースレターの購読などが行われた場合には、どういった情報に興味があるかといった顧客の嗜好までわかるようになります。顧客の滞在日が迫ってきた段階で予約内容の確認などの連絡をする「プレアライバルメール Pre-Arrival Email」の送信は、多くのホテルで既に取り組んでいるオペレーションの1つかと思いますが、消費者にとって旅行の気分が高まってくる到着の1週間ほど前に送られるこのメールは、一般的に顧客のエンゲージメント(積極的関与・反応)が非常に高いと言われています。

以前にも紹介しましたが、これだけ情報があふれる中で多くの消費者が「自らにとって最適な情報を受け取ること」を期待しています。この到着前連絡のメールの中で、ホテルの周辺情報やイベントの情報、またホテル内で行っているキャンペーンやレストランの情報、またアクティビティの情報などを含めれば、顧客の注意と興味を引くことができ、顧客満足度にも寄与します。さらにそこにお部屋のアップグレードなどのアップセル情報を含めれば、ホテルにとってさらに売り上げを上げるチャンスにもつながります。

ウェブ直予約を推進することによって、ホテルにとっては顧客と直接つながることができる接点を増やすことができ、それが顧客の滞在体験への期待度や満足度を高め、アンシラリーレベニュー(宿泊以外の売り上げ)にも貢献します。

ダイレクトブッキングの推進というと、どうしてもチャンネルコストなどの費用削減効果ばかりに目が行きがちですが、このホテルが顧客満足度を高める取り組みにおいて主体的なアクションを可能にするという点においても、ウェブ直予約の強化とその割合を増やす努力はどの宿泊施設にも取り込んでほしい課題だと思います。