さてここまで、多くの時間を割いて現在の複雑なホテルディストリビューションが生み出した副産物、レートパリティの問題について解説するとともに、実際にOTAやベッドバンクなどが用いるトリックについて説明してきました。ここからはいよいよ、それではこの課題を解決するにはどうしたら良いのか?という点について議論していきたいと思います。

事前決済モデルを破棄し現地決済のみにする?

前回の「レートパリティの迷宮へようこそ―彼を知り己を知れば百戦殆からず(3)」でいくつかの具体例を用いて紹介しましたが、まず多くのホテルと直接契約のある四大OTAが料金トリックの隠れ蓑として使う仕組みが、事前決済です。現地決済と違い、顧客がいくら支払うかをホテルが直接知ることができない事前決済は、ホテルの知らないところでベッドバンクなどから仕入れた料金などを使ってOTAが自由に価格をコントロールするには絶好の仕組みです。

そうなると「それでは、契約モデルから事前決済の契約をなくして、現地決済だけにすればいいのではないか?」という手段は、皆さんの頭に自然と浮かぶアイデアではないでしょうか。もしこの記事を参照している皆さまの中に興味のある方がいらっしゃれば、ぜひ一度、四大OTAのマーケットマネージャーに「事前決済型の契約を破棄し、現地決済だけにすることは可能か」と聞いてみてください。まずもって表面上、OTAにとって事前決済型の契約がなくなることによって損を被ることは何もないはずです。単なる「顧客の宿泊料金の支払い方法」がOTAにとって著しい不利益をもたらす理由は少なくとも「表向き」は考えにくく、OTAは不審に思いつつも現地決済モデルのみの契約でも承ってくれそうなものです。

私の知人は、実際にOTAに事前決済モデルを破棄し、現地決済だけにしたい旨を掛け合ってみたようですが、あまり関係のない理由でのらりくらりとかわされて、話を進めることはできなかったそうです。結局は現地決済だけにすることはできず、また、現地決済だけにすることができない明確な理由もわからずじまいでした。

しかし、その理由が「事前決済モデルを排してしまうと、ホテルに隠れて料金操作をすることができず、競争力のある料金を提示することができないから」であれば、当然、OTAとして事前決済モデルを破棄することは彼らにとって好ましくないですし、だからといって「あなたのホテルの料金を隠れてコソコソと自由に操作できないから」という理由を大っぴらにすることもできません。私の友人の例のように、のらりくらりと話をかわしながらも、決して現地決済のみに一本化するという交渉には応じてくれないのではないでしょうか。もし交渉の結果、現地決済の契約のみにすることができたという宿泊施設の方がいらっしゃいましたら、ぜひ、ご一報いただければ幸いですし、その体験をまた改めて、ぜひ、皆さまにも共有したいと思います。

固定のホールセール料金を廃し、変動型にする

上記でご紹介した、事前決済モデルにおいて契約料金以外の料金が表示される、その料金を供している配信元はベッドバンクです。そしてそのベッドバンクが仕入れている料金は、各ホテルのホールセール料金です。つまり、レートパリティが崩れる1つの大きな要因には各ホテルのホールセール料金の存在があります。

ホールセール料金とは、もともとホールセラーからツアオペレーターに卸され、様々な宿泊以外の旅行要素と組み合わされたのち、リテーラーがパッケージ商品として販売することを前提としていました。しかし、ツアオペレーターによってパッケージ商品として商品化されることが前提であったビジネスモデルは崩れ、そのホールセール料金はいまやベッドバンクに流され、またはホールセール自体が、ベッドバンクとしてそのビジネスを行っているような状況にもなりました。

このように「ホールセール料金がパッケージ化(バンドル化)されないかもしれない」という前提のもとに、ホテルはそのホールセール料金の料金体系を見直す必要があります。その中でも効果があると言われている料金モデルが、変動型のホールセール料金です。

ホールセール料金は、今でもほとんどの宿泊施設において、その料金モデルは年間固定型(フィックス/Fixed)であると思います。これは、もともとホールセール料金がツアオペレーターに卸されてそこで商品化、パッケージとして販売されていた商習慣の名残で、そのパッケージ商品をパンフレットなどの配布物に掲載する際に、あらかじめ料金が決まっていないとそれらの掲載物に価格を明記することができないという、リテール側の店頭販売、パンフレット販売などの事情に沿ったものでした。

現在でも、特に国内大手旅行会社においてこういった商習慣は根強く残っておりますが、一方でホテルやOTAの商品価格については、変動型のベストレートの仕組みが広範囲に広がっています。ホールセラーやベッドバンクから料金と在庫を仕入れたOTAや旅行会社は、これら「年間固定のホールセール料金」と「変動型のベストレート」の隙をつく形で、その料金差異を利用してトリックを仕掛けてきます。どういうことなのでしょうか?

皆さんがこのレートパリティの傾向を注意深く、そして根気強く継続的に観察していると、ある傾向が見えてくるはずです。それはホテルのレートパリティが崩れる時というのは、往々にしてホテルにとってのショルダーシーズン(通常期)やピークシーズン(繁忙期)であるということです。この理由の1つ目は明らかで、ピークシーズンになればなるほど在庫状況や料金状況が目まぐるしく変動し、ホテルディストリビューションの組み方によって、その状況にチャンネル間での差異が出てしまう事です。これは決して「だからやむを得ない」ということを意味しませんが、在庫や料金の調整作業が追い付かない、作業ミスで正しくアップデートされていないという事は、より起きやすくなります。

そしてこの1つ目の理由を隠れ蓑にして、実はOTAが仕掛ける料金トリックもこのようなピークシーズンに行われることがわかっています。詳しく説明しましょう。

下記は、変動するダイナミックなBAR料金(縦軸)と、年間固定のホールセール料金をリードタイム(横軸)の観点から表した例です。例えば、この図が12月31日宿泊の料金推移の図であると仮定しましょう。横軸はリードタイムで、到着の91日前、当初は35,000円に設定されていたBAR料金は、到着日が近くなり、リードタイムが短くなるにつれて上がっていきます。最終的に、12月31日の当日予約に関しては、BAR料金が60,000円を超えるレベルまで上がりました。

一方で、年間固定のホールセール料金は、BAR料金がいくら上がっても料金に変動はありません。年間固定で契約をしているのですから当然といえば当然ですが、ここに、この年間固定ホールセール料金にアクセスできるOTAや旅行会社にとっての「誘惑」が生じます。

つまり「BAR料金がまだあまり高くない、リードタイムがまだ長い時」や「そもそもBAR料金が最後までほとんど変動しないローシーズン(閑散期)」においては、BAR料金と年間固定のホールセール料金との間にほとんど差異はありません。契約通りのマークアップで、10%, 15%程度の価格の差異がほとんどでしょう。そのような中で、OTAや旅行会社が身銭を削って、もともとの10%, 15%の自らの実入りを削って価格を下げたところで、その下げ幅にも限界がありますし、削れば削るほど、ただでさえ少ない自らの利幅がさらに削られてきます。このような状況においては、正直、彼らもリスクを冒して身を削る旨味がありません。

一方で、例えば上記の図で、到着の7日前はどのような状況になっているでしょうか?ホテルのBAR料金は既に60,000円になっているのに対し、年間固定のホールセール料金はいまだに30,000円の料金を維持しています。BAR料金は60,000円になっているにも関わらず、年間ホールセール料金にアクセスできる旅行会社やOTAは、同じ日を引き続き30,000円近い料金で売る権利を有しているわけです!ここにアロットメントがあれば最強でしょう。ホテルの空室状況に関わらず、いつでも30,000円でお部屋を突っ込むことができる権利を有しているわけですから。

契約上、年間固定のホールセール料金にアクセスできるOTA、旅行会社はBAR料金までマークアップして(割り戻して)売らなくてはなりません。しかしもともと、そういった契約条項を遵守しない一部のOTA、旅行会社にとっては、その差額が10%, 15%しかない場合こそ、自らの実入りをさらに削って、さらに契約条項を破ってまでも不適切な料金を販売するリスクは負わないものの、その差額が80%, 90%, 2倍などとなってくると、自らの実入りを削る「余裕」も出てきます。さらに、例え自らの実入りを削ったとしても、手元に残るその差額、実入りには依然、非常に大きいものがあります。こういった誘惑が、一部のOTAや旅行会社を不品行に走らせます。ホテルにわかってしまうかもしれないリスクを背負いながらも、一部の国にのみ販売する、事前決済でのみ販売するといったいくつかのトリックを使って、巧妙に料金操作を仕掛け、それがレートパリティを崩します。

これは、ホテルがホールセール料金にその隙を与えない、誘惑を作らないことによってある程度防ぐことが可能です。つまり、その料金体系を年間固定ではなく、BAR料金によって変動するダイナミックな料金体系に変えることによって、その差額を一定に、誘惑を排するわけです。ホールセール料金をBAR料金に連動するダイナミック料金にすることによって、BAR料金が上がった場合、ホールセール料金も平行して料金があがります。BAR料金との差額が契約マークアップ額以上に開くことはないことから、例えピークシーズンで、到着日に向けて料金が上がってきたとしても、そこに一定の規律を保つことが可能なわけです。