OTAのこれからのビジネスモデルを占う

皆さんがもし「Booking.com」「Expedia」の違いを一言で説明してくださいと質問された場合、どのように回答しますか?「アメリカ発祥のOTAとヨーロッパ発祥のOTA」、「青とオレンジ」、「ホテルに対して優しいOTAと厳しいOTA(他意はありません)」など色々な答えが出てくるかもしれませんが、私であれば真っ先にそのビジネスモデルの違いを挙げます。すなわち「Expediaはマーチャントモデル(Merchant Model)」、「Booking.comはエージェンシーモデル(Agency Model)」という点です。

ここでそれぞれのビジネスモデルの違いを改めて整理しておきましょう。エージェンシーモデルは日本のホテルにとって非常に一般的なビジネスモデルで、日本のOTAは皆、このビジネスモデルを採用しています。管理画面に登録する金額と消費者の支払い金額(それが事前/現地決済に関わらず)が基本的に同じで、ホテルは顧客の滞在後、手数料という形でOTAに販売手数料を支払います。

一方のマーチャントモデルの代表格はExpediaです。このモデルにおいて、消費者はOTAに対して通常の宿泊料金額を支払いますが、ホテルが管理画面に登録し、さらにOTAから受け取る金額はその宿泊料金全額から手数料相当分を差し引いた、いわゆる「NET料金」と呼ばれるものです。

日本のOTAは、私が知る限りほぼ全てのOTAがエージェンシーモデルを採用していますので、日本の宿泊施設にとっては同じモデルであるエージェンシーモデルを採用しているBooking.comにどこか親しみを感じるところもあるかもしれません。しかし先日、Booking.com は従来のエージェンシーモデルからマーチャントモデルへシフトしつつあるという、非常に興味を引く記事を目にしました。その記事の内容を引用しながら、その背景とその動きが示唆することについて紹介したいと思います。

その記事によると、2022年第一四半期におけるBooking.comの売り上げの内訳は、その60%が従来のエージェンシーモデル、残りの40%はマーチャントモデルでの売り上げだったようです。売り上げのビジネスモデルにおけるシェアの推移のグラフを見ると一目瞭然ですが、マーチャントモデルが売り上げに占める割合は徐々に、そして確実に増えてきています。

参照:引用記事から

繰り返している通り、もともとBooking.comはエージェンシーモデルで世界におけるシェアを急速に拡大してきました。このエージェンシーモデルは、ホテルにとって以下のような好影響をもたらします。
a. 顧客から滞在時に直接宿泊料金を収受するため、仮に旅行会社が倒産をしてしまった場合でも被る損害が限定的
b. 管理画面に登録する料金、顧客が認識する料金がすべて一貫しており透明性が確保されている(価格が不当に削られて他社への横流しや意図しないパッケージ化などが行われない)
c. 平均単価・および売り上げの影響はない。販売価格がそのまま売り上げと計上されるため、トップラインへの影響はない。(コストとしてボトムラインに反映)

しかし、当初からこのエージェンシーモデルを武器に急成長を遂げてきたBooking.comの成長要因は、2018年以降、急速にマーチャントモデルによるものに変化しました。

その背景として記事の中でも挙げられている理由は以下の通りです。

a. コネクテッドトリップ(Connected Trip)の強化
Booking.comは18年、19年頃からコネクティッドトリップという考え方を積極的に推進するようになりました。これは「すべての旅行サービスをワンストップでシームレスに提供していく」というサービス内容で、いわゆるタビマエからタビナカ、タビアトまでを一括して提供していくということです。つまり、ここには従来のホテル予約だけにとどまらない航空券、アクティビティ、レストラン、レンタカーなどの様々な付帯商品が含まれ、そのようなパッケージ化した商品を販売するにはマーチャントモデルが最適です。

b. B2Bビジネスへの展開
これは以前のレートパリティに関する記事でも繰り返し述べましたが、例えばエクスペディアは消費者にとって馴染みがあるB2Cビジネスに加え、ホテルから料金と在庫を仕入れてそれを違う旅行会社に卸すB2Bビジネスも展開しています。(そしてこのモデルが往々にしてホテルのレートパリティを崩す原因となっています)Booking.comとしてこのB2Bビジネスを拡大していくにあたっては、必然的に、従来のエージェンシーモデルではなくマーチャントモデルの展開とその拡大が欠かせません。

c. 支払い方法の多様化
個人的にこの点は非常に大きな点だと考えます。世界中での支払い方法の多様化とその複雑化に伴い、スピード感をもった対応を主導的に進めることができる利点が、マーチャントモデルにはあります。

マーチャントモデルにおいては、原則、OTAが消費者から宿泊料金を回収し、ホテルはOTAからその支払いを受けます。つまり、ホテルとして多種多様な支払い方法に対応しておく必要はありません。一方で、エージェンシーモデルはホテルが消費者から直接支払いを受けますので、ホテルとして多種多様な支払い方法に備えなくてはなりません。

例えば皆さんも過去にスーパーやレストラン、小売店を利用した際に「現金オンリーです」と言われたり「PASMOは使えません」「ペイペイなら大丈夫ですが、楽天ペイは使えません」と言われて不自由な思いをしたことはあると思います。日本国内においてもこれだけ支払い方法が乱立している中で、その市場が世界に広がった場合の混乱は想像に難くないと思います。かといって、その支払い方法のすべてに対応するように個々のホテルに求めるのは酷でしょう。一方で、OTAにとってはある支払い方法にホテルが対応していないがために消費者がそのホテルを予約をしなかったり、他のOTAで予約をしたりされると、それは死活問題です。

それであれば、OTAで主導的に各国やその地域に合わせた様々な支払い方法を完備してOTAとして宿泊金額を回収してしまうことにすれば、ホテルに支払い方法の多様化を求める必要がなくなります。そしてOTAとして消費者より宿泊金額を回収してしまうビジネスモデル、それはすなわちマーチャントモデルです。

おもにこれらの理由をあげ、記事では「世の中の趨勢を考えた際、マーチャントモデルがこれから成長し続けることは必然で、エージェンシーモデルはやがて死ぬ運命にある」とすら言い切っています。

一方で、このマーチャントモデルはOTAだけではなく、ホテルにも次のようなメリットがあるとも述べています。

a. 上記で述べたような支払い方法に関する消費者とのやり取り、多種多様な支払い方法に備えておく必要、トラブルの際の手当てなどに悩まされる必要がなくなる。
b. カード詐欺やチャージバックの懸念がなくなる。チャージバックはどのホテルにとっても頭痛の種です。マーチャントモデルにおいては「いざ課金しようとしたらカードが無効だった」「一度課金しようしたものの、身に覚えのない支払いという指摘を受けて返金処理をした」などのトラブルは、すべてOTAー消費者間の問題となりますので、ホテルとしてそのような煩わしい処理をする必要はなくなります。
c. 高いキャンセル率への懸念が多少軽減される。ホテルにとって、Booking.comの残念な点は「キャンセルの割合が高いこと」でしょう。しかしながらこの原因をBooking.comに帰することは酷な話で、気軽に予約できて予約時の支払いも発生しないエージェンシーモデルの宿命とも言えると思います。皮肉なもので、Booking.comは「予約へのハードルが低い」という理由でこのエージェンシーモデルを武器に成長してきましたが、そのビジネスモデルをマーチャントモデルに転換することで、懸念であるキャンセル率の高さを下げることができるようになり、それはホテルにとってはありがたいことです。
d. 情報管理のリスクやその負担を軽減できる。PCIや割賦販売法の強化などにより、ホテルを含む小売店に対するクレジットカード管理方法が年々厳しくなってきています。ホテルとしてはその度に新たなシステムの導入、手順の精査と計画、実行が求められ、それはホテルにとって大きな負担です。支払いをすべて請け負ってくれるマーチャントモデルは、ホテルに対するこのような負担を軽減します。

すべての物事がそうである通り、このマーチャントモデルについてもホテルとっての「暗部」が存在します。
a. マーチャントモデルを採用するエクスペディアなどは、その支払い方法にVCC(Virtual Credit Card)を使用していますが(日本など一部の地域では現時点で銀行振込でも対応)、VCCによる決済の場合はその手数料が余計に発生し、それがホテルのコストとして転嫁されます。
b. レートディスパリティを引き起こす大きな原因を生み出す。マーチャントモデルがレートパリティを大きく崩す主な要因の1つであることは、以前詳しく述べました。ホテルにとっては、今まではExpediaに対して注意していればよかったものが、今度はBooking.comもマークする必要が生じてくることになります。

記事においては最後に「ではホテルとしてBooking.comとどのように付き合っていくか」という点からいくつかのアドバイスが紹介されています。自社ホテルのロイヤリティプログラムを強化する、ダイレクトブッキングを強化する(自社予約における最安値を保証する、自社予約におけるキャンセルポリシーを優遇するといったような、いわゆるOTA依存から脱却するもの)、自社予約のユーザビリティを高める、Booking.comのマーチャントモデルへの移行に対して抵抗を示す(マーチャントモデルへの参加を拒否する)、VCCでの支払いではなく銀行振り込みでの支払い方法のみで参加する などいくつかのアドバイスはありますが、いずれも既知のものや、単に現状に対してささやかな抵抗を示し、その発効を少し遅らすことができるかもしれないものに過ぎませんので、ここで詳細は割愛いたします。

ここまでは、あくまでもホテルサイドとしてOTAのビジネスモデルを考察してきましたが、OTAサイドに立ってこれらのビジネスモデルを考察した場合、厳しい言い方とはなりますが、日本のOTAにとってはその未来は明るいものではないのかもしれません。日本のOTAがほぼエージェンシーモデルで占められていることは既に述べた通りですが、Booking.comがマーチャントモデルにシフトしつつあるその背景として述べられているものはどれも、極めて世の中の趨勢に沿ったまっとうなもので、私にとってはとても腹落ちするものでした。何度も言及している通り、ディストリビューションを制する者が次のOTAビジネスの覇権を握ることが確実な中で、残念ながら日本特有のディストリビューションの中でのみ活躍し、今まで多くの日本のOTAが世界に挑戦しようとしていずれもことごとく失敗している現実を目の当たりにすると、その内弁慶ぶりは必然であり、これからも世界を舞台に戦っていくことは難しいでしょう。

一方で、ついついそのような「日本のOTA」を基準に物事を考えてしまいがちな日本のホテルは注意しなくてはなりません。特にこれからインバウンドビジネスの戻りが期待される中、グローバルOTAはコロナ前の19年とは一味も二味も違った形で再び「来襲」してくることでしょう。グローバルホテルとして世界で戦っていくために、彼らのビジネスモデルとその意図を理解することはもちろんのこと、それに対応した世界基準のディストリビューションに継続的に進化させていく必要があります。