少し前の話になりますが、22年初頭の観光経済新聞に「新春 外資OTAトップ座談会」というインタビュー記事が掲載されておりました。詳細につきましてはこちらをご参照ください。
グローバルOTAであるエクスペディア、ブッキング・ドットコム、トリップ・ドットコムの各社日本代表が一同に会し、21年の業績の振り返りやトレンド、22年の展望などを議論した記事でした。
各社それぞれ、ロイヤリティやエクスペリエンス(タビナカ)の充実、サステナビリティ、コロナを踏まえた安心・安全への取り組み、タビマエからタビアトまでの旅行体験をシームレスにする等、昨今のトレンドや既に海外で積極的に取り組みが進んでいる施策が中心で、特段目新しい情報はありませんでしたが、私はその中でも、エクスペディアの取り組みの1つとして触れられていた「社内体制の刷新」という項目がとても印象に残りました。おおよそ10行程度にまとめられ、どちらかというと曖昧な表現にすら終始していた項目ではありましたが、エクスペディアが昨今強化しているディストリビューション部門の強化を再度認識させる内容であったからです。
グローバルOTAが各社、次の「金の卵」であるビジネスモデルを見つけようと色々と試行錯誤している中、エクスペディアが特に力を入れているのが「自らのディストリビューションの仕組みのシェアを広げていくこと」です。エクスペディアは、ホテル予約におけるネットワーク、ディストリビューションをエクスペディア由来のものに変えることによって、ネットワーク自体のコントロールを握ろうとしています。
記事を引用しましょう。「社内体制の刷新によって、対サプライヤーに接する組織が、宿泊施設、航空会社、グローバルホテルチェーン、アクティビティなどで分かれていたのだが、これを1つの組織にまとめる。すでにその恩恵が生まれつつある。例えば、これまでグローバルホテルチェーンだけに提供していた技術を、横展開できるようになった。オプティマイズド・ディストリビューション(流通の最適化)といって、ホールセール在庫の流通を効率化する技術的なソリューションだ。ホールセールレートの客室が宿泊施設側の望まない販路で販売されていたり、身に覚えのない価格で表示されていたりすることがある。これは中小の独立系施設だけでなく、マリオット・インターナショナル内でも問題になった。2年前にマリオットの向けにカスタム技術を開発して提供。現在、望まぬ販路、料金での表示は80%減ったそうだ。この技術を他の宿泊施設にもお使いいただける汎用ソリューションとして提供する」
ホテルにおけるレートパリティの問題は私もたびたび取り上げましたが、その問題に技術的に、仕組みから変えてしまおうと本気で取り組んだのはマリオット・インターナショナルです。世界最大のグローバルホテルチェーンであるマリオットは、その加盟ホテルで管理するホールセール料金とその在庫を完全に一元化しました。そしてその一元化の役割を担ったのがエクスペディアのディストリビューションです。現在、旅行会社はマリオットの加盟ホテルからホールセール料金と在庫提供を受けたい場合、原則、エクスペディアのネットワークを通しての契約、提供しか受けられません。つまり個々のホテルに直接連絡して、特別料金の提供や在庫の融通などを受けることは一切できなくなってしまいました。
これはディストリビューションの仕組み自体を販売し、そのシェアを確実に伸ばしていきたいエクスペディアと、ホテルディストリビューションが複雑化、細分化されすぎてもはや誰もコントロールできない状況となり、それが生み出した副産物であるレートパリティの問題に長らく悩まされ続けていたホテルの利害が一致した結果と言えるでしょう。
そしてインタビューによると、エクスペディアはマリオット向けに開発したこのディストリビューションの仕組みを、独立系のホテルをはじめとした他ホテル、ホテルマーケットへの汎用化を進めるようです。とにかく複雑化したホテルディストーションとレートパリティの問題に長らく悩まされ続けてきたホテル業界にとって、ホテルディストリビューションの一括化は悲願です。もしかしたらそう遠くない将来に「うちのホテルと契約したければエクスペディアを通してください」というやり取りが、ホテルと旅行会社間で当たり前になるかもしれません。
エクスペディアは近年、ディストリビューションの拡大と強化を次々と進めてきました。それは例えば、従来はGDSを使用していたアメリカンエクスプレスの上級会員プログラムの予約がエクスペディアのネットワークを使った予約に変わったことであり、エクスペディアのビジネストラベル部門であるEgencia(イージェンシア)のアメリカンエクスプレスへの売却でもあります。また、先に例として挙げたマリオットがホールセールディストリビューションの一括化をエクスペディアのディストリビューションに託した契約なども、エクスペディアがホテル予約のインフラであるホテル予約ネットワークへの浸透を確実に続けている最たる例でしょう。
これはおおよそ、鉄道事業において線路の管理権を、通信事業において通信ケーブルの管理権のようなものをおさえているということに相当するかもしれません。エクスペディアがホテルディストリビューションにおいて自らの固有のネットワークのシェアを増やしていくにつれ、事業者は程度の差はあれビジネスをするにあたってそのネットワークを使わざるを得なくなり、いわゆる「エクスペディア経済圏」のようなものが作られていくことでしょう。
そしてその流れは確実に作られています。先日、IHGホテルズ&リゾーツは卸売価格(ホールセールレート)の管理について、エクスペディアが提供する「オプティマイズド・ディストリビューション」を使用するパートナーシップ契約を結んだと発表しました。
エクスペディアとしてはただインフラを提供しているだけでお金が入ってくる、またホテル予約においてエクスペディアのディストリビューションを使用する予約動向のすべてが、それが例えエクスペディアが直接受注する予約か否かに関わらずデータとして見る、蓄積する、活用することが出来るわけですから、これが実現することによる果実は計り知れないものがあるでしょう。
今までも、多くのプレイヤーがホテルディストリビューションの覇権を握ろうとして、その余りにも断片化された現実に打ちひしがれ、ことごとく失敗してきましたが、エクスペディアはそこに金字塔を打ち立てることができるのでしょうか。