RMS(Revenue Management System)は魔法の杖か

コロナ禍があけ、日本の宿泊施設の回復が徐々に進みつつあります。インフレーションや景気後退への懸念、世界情勢の不確実性などはありますが、基本的には日本のホテルのパフォーマンスは右肩上がりに回復していくことが予想されています。そして、現在はまだ一部のマーケットにとどまっている回復基調も、徐々に全国レベルに普及していくものと思われます。

現状、皆さんのホテルにおける最大の関心事はどのようなことでしょうか?人手不足は、もはや多くのホテルで深刻なレベルに陥っています。一部のホテルは、人手不足が理由で販売可能室数にキャップをかけているという話も多く耳にします。一方で、負担が増え続けるコストや人件費を回収するために、企業として、売り上げを伸ばし続けていかなくてはなりません。人手や有能な人材がますます限られ、その中でもさらに売り上げを伸ばさないといけない環境の中で必ずといっていいほど高まる機運は、レベニューマネジメントシステム(RMS)の導入です。Skiftの最新の調査によると、ホスピタリティ企業のテクノロジーへの投資意欲に関するアンケートにおいて、現在、投資に最も意欲があると回答があったテクノロジーは、レベニューマネジメントシステムでした。

ホテルの話を聞いていても、レベニューマネジメントシステムを入れたい、とか、入れるという話をかなり多く聞くようになりました。私個人的には、レベニューマネジメントシステムは素晴らしいテクノロジーだと思っております。価格決定に関するプライシングの観点においては、もはや人間の知恵を遥かに凌駕していると言えます。その点に疑いの余地はありません。しかし同時に、すべての宿泊施設がこのテクノロジーを導入する環境にある(準備ができている)かと言うと、そうも思いません。さらに、レベニューマネジメントシステムを導入することによって必ず売り上げの最大化が達成できるかという点においても、私は賛成しかねます。レベニューマネジメントシステムは魔法の杖ではありません。ホテルのレベニューマネジメントにおいて、これを導入すれば、これをすれば、このやり方を行えばすべて解決、などという魔法の杖は存在しません。私たちが自分たちの環境にあったテクノロジーを取捨選択することと同様、レベニューマネジメントシステムを始めとするテクノロジー側も、それを最大活用できるホテルを選ぶように思います。

まず、つい一昔前まで議論があった、レベニューマネジメントシステムと人間はどちらが有能かという点については、この議論自体が少し的外れのように思います。例えばプライシングという点において、参考にする情報やそのトレンドを踏まえて、より関連性のある結果を導き出すことができるという点においては、レベニューマネジメントシステムが遥かに優っていると言えます。また、より正確なフォーキャストの作成という観点においても、レベニューマネジメントシステムの方にはるかに優位性があるでしょう。フォーキャストはプライシング等のレベニュータクティクスを実行する根幹となるデータですが、過去の実績やその他関連情報をもとに最適な結果を導き出し、さらにそれをより良いモデルに学習していく分野は、マシーンラーニングの真骨頂です。

一方で、レベニューマネジメントシステムはOTAへの依存をもう少し減らすべきという直接的な指示はしませんし、そうしたいと思っても自然とそういう方向性には導いてくれません。全体の平均単価を上げるためにコーポレートビジネスのセグメントシェアを減らすべきということも直言しませんし、そのやり方も教えてくれません。3年後に向けて、中期的にホテルがどういう方向を目指すべきだということも教えてくれませんし、ホテルの最適なマーケットポジショニングも教えてくれません。いずれも、その他の様々なリソースをもとに私たち自身が決定し、その方向性に導くように指示をして、以降、手助けをしてくれるのがレベニューマネジメントシステムです。

従って、レベニューマネジメントシステムと人間の役割は根本的に違う所にあります。私たちのより良い決断の、より良い実行の手助けをすることがレベニューマネジメントシステムの役割であり、導入をすればレベニューマネージャーが必要なくなるとか、単純に売り上げが上がるという安直な考えをするべきではありません。これから導入を検討している施設については、まず、その期待値のすり合わせをしてほしいと思います。レベニューマネジメントシステムで世界最大のシェアを持つIDeaSの調査によると、70%以上のホテルが、レベニューマネジメントシステムの他に、レベニューマネージャーを有する専門のチームや、ベンチマークツール、レートショッピングツール、BIツールなどの他のリソースと組み合わせた使い方を行っていると回答しています。レベニューマネジメントシステムは、それだけですべてが解決できる魔法の杖ではありません。

また、自身のホテルの現環境もきちんと見極めましょう。先に述べたように、レベニューマネジメントシステムは使うホテルを選びます。それはきちんとしたレベニューマネジメントチーム、もしくは熟練のレベニューマネージャーがいることであり、使用しているPMSやCRS, チャンネルマネージャーがレベニューマネジメントシステムとの完全な連携(2way)が取れるという、技術的要件を満たしていることです。日本のホテルは、残念ながらこの点において計り知れないチャレンジがあります。1wayだけの連携環境でも、レベニューマネジメントシステムを利用すること自体は可能でしょう。しかしレベニューマネジメントシステムの真価は、その技術的環境がほとんど満たされた時にこそ発揮されると思います。1way等、技術的に制限された環境下にも関わらず期待されたROIを得られないとホテルが嘆くのは、レベニューマネジメントシステムに対してあまりに酷です。このような背景でレベニューマネジメントシステムの導入を諦めたり、途中でやめたりするホテルの例をいくつか聞きますが、そういったホテルから「結局、レベニューマネジメントシステムは使いものにならないな」という声を聞くと非常に残念に思います。先ほど申し上げた通り、テクノロジーもホテルを選ぶのです。

もし、ホテルの技術環境的にレベニューマネジメントシステムの特徴を最大限にいかせないのであれば、今すぐに、無理にレベニューマネジメントシステムを導入する必要はないかもしれません。レベニューマネジメントシステムのスペックには達していなくても、単純にフォーキャストを自動で弾き出したり、一般料金の推奨価格を提示するシステムは他にも存在します。私自身は、これらのより機能を絞ったシステムをレベニューサポーティングツールと位置付け、レベニューマネジメントシステムとは区別しますが、レベニューマネジメントシステムほどのスペックが備わっていない分、価格も安価です。何千万もするスポーツカーを購入したにも関わらず、街中でしか乗る機会がないのであれば、より小回りの効くコンパクトカーを購入する方がより適切でしょう。いくら資金を投じてスペックを上げたところで、環境がそれに適応していないのであれば元も子もありません。そしてスポーツカー同様、使いこなせないのであれば、保有することは単なる見栄に過ぎません。繰り返しますが、レベニューマネジメントシステムは魔法の杖ではないですし、持っていることに意味があるわけではありません。持っている施設がすごいということもありません。重要なことは、自分たちの環境に合った最適なシステムを導入し、それを最大限に活用しているかという点です。

さらに、例え技術的要件を満たしたとしても、ホテルとしてレベニューマネジメントディシプリン(Revenue Management Discipline/レベニューマネジメントの規律)がきちんと確立されていないホテルでは、最適な運用は出来ません。BAR料金の概念がきちんと確立、運用されていない、料金体系に整合性がない、グループ料金はいつも営業が勝手に決めてくる、インベントリー(在庫)の管理方法が甘い、マーケットセグメントとチャンネルを混同するなど、日本の多くのホテルで見られるレベニューマネジメントにおける規律の問題を解決せずしてレベニューマネジメントシステムを導入しても、思うように売り上げを上げられないばかりか、社内の反発を招きその考え方自体が受け入れられない、そしてシステムを最大活用できないようでは、本末転倒です。

逆に言うと、このレベニューマネジメントディシプリンをきちんと確立することで、例えレベニューマネジメントシステムの導入をせずとも、ホテルの売り上げ最大化、最適化の余地はまだまだ残されているように思います。レベニューマネジメントシステムの導入を検討する前に今一度、自らのホテルにおいて規律を持ったレベニューマネジメントの運用が行われるか、確認してください。もしその点に不備がある場合、レベニューマネジメントシステムを導入する過程で、または導入後の運用過程で必ず、規律に沿った運用に是正しなくていけないタイミングがやってきます。結局そのようになるのであれば、まずは金額的に決して安くはない投資判断をする前に、今すぐにでも取り組むことができることを着実に、1つ1つ実行していくべきだと思います。

レベニューマネジメントは、適切に実行すると着実に売り上げを上げることができる可能性を持つ手法ですが、その過程は地味で気の遠くなるような作業の連続で、そういった過程を1つ1つ地道に取り組み課題を解決していくことに、レベニューマネジメントへの取り組み甲斐を感じます。