需要に応じて価格を上下させるダイナミック料金(ダイナミックプライシング)は、ここ数年で多くのホテルで採用されるようになりました。それが単に平日/週末料金といった半固定でのダイナミック料金であっても、予約の積み上がり、ブッキングペースに連動して柔軟に価格が上下する、より弾力的なダイナミック料金であっても、需要に応じて価格を変動させる手法は一般化しつつあります。そして、航空券の販売から始まったこの価格モデルはホテルでの普及を経て、今やテーマパークや駐車場などの違うビジネスにもいかされようとしています。

一方で、このダイナミック料金がすべての消費者に受け入れられているかというと、必ずしもそうとは言えない現実もあります。私たちレベニューマネジメントにたずさわる人間は、そういった声を「ホテルビジネスがわかっていない」、「時代遅れ」などと片づけることなく、そのような現実にもきちんと向き合わなくてはなりません。同じ商品であるにもかかわらず、マーケットの需要と供給のバランスや、購入するタイミングによって違う価格を請求されるこのダイナミック料金は、かつてに比べると一般により浸透しつつあるものの、一方で、消費者に誤ったメッセージを伝える危険を常にはらんでいます。あるホテルグループが、料金変動が行われないことを特徴としたホテルブランドを立ち上げたのは、まさにこの裏返しといえるでしょう。これはすべてのレベニューマネージャー、そしてホテルに、「すべての顧客に対して常に適切な価格で最大限のバリューを届けることに対する強い責任感」を問うているのではないでしょうか。

以前、私がある機会に講演をした際の資料を引っ張り出してきました。この現状を実際にご覧いただき、「価格に見合う最大限の価値とはなんなのか」皆さんひとりひとりにぜひ、考えていただきたいと思います。

これは、東京のあるホテルの、OTAでの空室検索結果のスクリーンショットです。場所は忘れましたが、恐らく新宿や池袋などの繁華街のホテルであったと記憶しております。

ランダムに空室検索を行ったところ、7月8日から1泊の料金が9,007円という結果でした。喫煙のダブルベッドの部屋で、部屋の広さはたった11平米しかありません。恐らく、部屋にはほぼベッドしかないといったような作りでしょう。ほとんど寝るだけというようなこの環境の部屋における宿泊料金は、1泊9,000円です。あなたなら泊まりますか?

一方で、下記は同じホテルの別の宿泊日程での検索結果です。同じく11平米の喫煙のお部屋ですが、宿泊日程が違うだけで4倍近い価格で販売されています。

上記の検索結果は、いずれも3月上旬に同じホテルを検索した検索結果で、確かに1か月後に迫った3月末は桜シーズンのピーク、一方で7月初旬は梅雨時期のオフシーズンです。特にここ2,3年、東京の3月末の旅行市場はほとんど異常でした。日本が恐らく1年で1番美しい時期を迎えるこのたった2週間程度をめがけて、世界中から人が押し寄せるような状況がここ数年続いています。

しかし、いくら各ホテルが決められた総客室数の中で販売売り上げを最大化する必要があり、ダイナミック料金がそれを達成するための手段の1つであったとしても、はたして11平米の部屋を35,000円で販売することが理に適っているのでしょうか?ましてや、このホテルは通常期は9,000円で販売されていることが裏付けられています。単にピークシーズンだからといって、通常は9,000円で販売している部屋を、その4倍近い35,000円で販売しているこの状況を、皆さんはどう考えますか?

私はここで「1平米当たり〇円を上限とするべきだ」とか、「繁忙期でも通常期の〇倍を上限とすべきだ」という一元的な話をするつもりはありませんし、ホテルが設定する料金についての道義的な責任の話をするつもりもありません(この価格設定は、個人的にはモラルの点でも問題があると思いますが)。ただ、ホテルが常に自らに強く戒め、自問自答を繰り返し行っていかなくてはならない点は「価格に見合った価値をすべての顧客に届けることができているか」という事ではないでしょうか。そういった意味で、この11平米の喫煙の部屋は、1泊あたり35,000円相当の価値を、自信をもって顧客に提供できているのでしょうか?

ある人は「ホテルの宿泊料金はホテルが決めるものではない、マーケットが決めるものだ」というかもしれませんが、私はそうは思いません。「プライベートな空間で、1晩を安全に快適に過ごしてもらう」という実体のある商品を提供するホテルの宿泊料金は、当然その価値に資する価格であるべきであり、私は35,000円のこの部屋がその金額に見合うだけの価値を提供しているとは到底思えませんし、ホテルの人に聞いてもそうは思わないとさえおっしゃると思います。

つい先日、入場券にダイナミック料金の適用を始めると発表したディズニーランドが、春休みの3連休のど真ん中、恐らく1年で1番混雑するであろう日に、需要がピークであることを理由に入場券を1人あたり50,000円で販売したら、皆さんはどう思いますか?需要が高いことはわかっていても、この価格設定は何かが間違っていると思いませんか?そして、子供たちに夢を届けることを使命としているオリエンタルランドが、ほとんどの子供たちやその家族にとって手が届かないような価格設定をすることは、例えそれが企業の利益に適うことであったとしてもないでしょう。価格は同時にそのブランド、会社の哲学や文化を体現しているものでもあるからです。

さらに今、世界では、「新しい定義でのダイナミック料金」という試みも一部で始まっています。このダイナミック料金において、ホテルの価格は、顧客ひとりひとりの滞在履歴や顧客情報といった個人情報から導き出せる価値である「バリュー」と、その滞在条件によって決められます。つまり、私が東京のAホテルの4月1日から3泊の検索をした場合と、皆さんが同じ東京のAホテルの4月1日から3泊の検索をした場合では、例え同時に検索を行ったとしても、提示される価格がまったく異なる可能性があるわけです!こうなってくるともはや、ホテルの価格設定はモラルの問題ぬきには考えられなくなってくるでしょう。しかし既に現段階において、現在のダイナミックプライシングという仕組みは、ホテルにモラルの問題をも投げかけているのかもしれません。

繰り返しますが、価格設定をする際は常に「価格に見合った最大限の価値を顧客に提供できるか」という点を厳に戒めたうえで価格設定を行ってほしいと思いますし、その価格がホテルのブランド、また会社そのものを体現している1つの要素であるという点も忘れないでほしいと思います。

また以前から何度も言及している通り、ダイナミック料金を含めた「価格コントロール」(プライシング)という戦術で得られる果実は、レベニューマネージメントのすべてではありません。例え3月30日に35,000円で部屋を販売して、結果的に1日として過去最高の販売売り上げを記録したとしても、それはレベニューマネージメントにとってはたいした意味を持ちません。重要なことは、プライシングを含むすべての戦術が、戦略に立脚してきちんと実行され運用されているかであり、それによりホテルの販売売り上げが成長し続けているか、すべての機会において販売が最大化されているかという終わりなき挑戦に対しての飽くなき探求です。