この数週間は、デジタルプラットフォームでホテル・旅行業界をひっぱるいくつかの企業から、大きなニュースが相次ぎました。くしくも、いずれも同時期の発表となった各社の新しい展開は、それぞれがこれからのホテル・旅行業界の方向性を描こうとする独自の試みで、いずれも既存のビジネスモデルからの脱却を図ろうとする動きです。

当然、これらの試みのすべてが成功するわけではないでしょうし、これからの流れを形作るような主流になってくるかもわかりませんが、懸命に既存のビジネスモデルからの脱却を図ろうとするこれらの姿勢は、いずれも素晴らしいものであると思います。様々な試みが試され、その多くが失敗し、しかしながらその中で少しでも日の目を見た本当にわずかな試みが、次のホテル・旅行業界の流れを作っていくのでしょう。大胆にもその先頭を走ろうとするそれらの試み、姿勢は称賛されるべきものだと思います。

今回は、それら一連のニュースをここで紹介するとともに、そこから垣間見えるこれからのホテル予約の行方について、少し見てみたいと思います。

Google Hotel Ads内での無料リンク枠の提供

5年ほど前から、ホテル、宿泊予約の「入り口」は少しずつ変わってきています。2010年代前半にOTAがその勢力を著しく伸ばした時は、消費者の宿泊予約の入り口はOTAでした。つまり、消費者がホテル予約をする際は、まずはExpedia, Booking.comなどのOTAのページを訪問し、そこから実際に泊まりたいホテルを探す、予約するという購買行動でした。

しかし、この流れは2010年代後半になると違った動きを見せ始めます。OTAをホテル予約の入り口とする割合は下がり始め、代わりにホテル予約の入り口として急速にその勢力を拡大してきたのが「検索エンジン」です。消費者は、個々のOTAを訪問する前に、GoogleやYahooなどの検索エンジン上で、そのホテルを検索するという購買行動です。

この検索エンジン上での購買行動のインフラを支えたのは、Googleです。Googleは、消費者がいちいち個々のOTAやホテルの公式ウェブサイトを訪問しなくても、Google上でホテルが検索でき、ホテル情報を吟味し、そのまま予約まで完了できるワンストップショップ(One Stop Shop)の仕組みの確立に取り組んできました。その結果、現在では、消費者は検索エンジンから個々のOTAやホテルの公式ウェブサイトに遷移しなくても、ホテルの検索から吟味、決定、予約までをすべてGoogle上で完結できるようになりました。

今や、検索エンジン上にキーワードを入力するだけで、Googleが主導的にそれらの検索結果やそれらホテルの詳細について表示をしてくれます。そのキーワードに該当するホテルの一覧を表示してくれるのはもちろんのこと、それらのホテルが東京のどこに位置しているのかという地図上での表示、またいくらで販売しているのかという簡単な価格表示も行います。

気になったホテルがあり、さらにそのホテル名をクリックすると、そこには消費者にとって必要なあらゆる情報が網羅されています。そのホテルで提供されているアメニティやサービスの詳細はもちろんのこと、そのホテルの写真についても多くを確認することができます。さらに消費者の口コミやそのスコア、詳細なコメントとともに、Google以外のソース、OTAなどの口コミスコアを横断的に確認することもでき、家族で宿泊した際の口コミ、カップルで宿泊した際の口コミなど、様々な視点で確認することができます。

価格は、OTAをはじめ様々な販売元からの料金を一覧で表示し、もしBook on Google(グーグルで予約する)にサポートしていれば、消費者は個々のOTAやホテル公式ウェブサイトに遷移することなく、Google上で予約を完結することすらできます。

今回、Googleから発表されたGoogle内での無料リンクの提供については、以下の箇所が該当します。赤枠で囲った部分は「Ads」という表記に表されている通り、販売元がお金を払って掲載する広告枠、その下の「All Options」という枠が、新たな無料リンクの箇所です。この無料リンク枠について、Googleでは「Free Booking Link」(フリーブッキングリンク)という表記が行われておりますが、この該当枠へのリスティングは、Googleのアルゴリズムにもとづいたオーガニック検索(広告などの課金要素に左右されない検索結果)だと言われております。

Googleがホテル予約場面において強大な力をつけてくる一方で、従来まで、このGoogle Hotel Adsという仕組みに、ホテルの公式ウェブサイトを含む自らの販売元を表示させるには、すべて有料の広告キャンペーンに参画する必要がありました。それが今回の新しいサービスの発表により、例え有料の広告キャンペーンに参加せずとも、無料リンク枠への販売元の表示が行われるようになります。(一方で、その表示頻度はGoogleのアルゴリズムに基づきますので、特定の販売元が常に表示されるわけではありません)

GoogleがOTAと大きく異なるところ、それはそのミッション、性格であると思います。OTAは当然、自社OTAへの流入を増やし、そこから実際の予約に転換させることをその至上命題としています。一方で、Googleのミッションは決して特定のOTAに肩入れすることではありませんし、ホテル(ホテル公式ウェブサイト)に肩入れすことでもありません。有料の広告枠を提供しておりますが、その広告枠を過度に優遇することでもありません。Googleのミッションは、常に「ユーザーに最適な情報を提供すること」です。そのユーザーにとっての最適な情報がOTAから提供されているのであれば、操作性の中でそちらの情報を優先するかもしれないですし、最適な情報がホテルから提供されているようであれば、ホテルからの情報を優先します。

このミッションは、今までホテル予約の入り口として機能し、またそれ以降もGoogleに莫大な広告費を払って検索エンジン上での優位性を確保しようとしてきたOTAにとっては、不愉快に違いありません。現在、世界中でGoogleとOTAの対立が深まり、OTAのGoogleに対する警戒感はかつてなく高まっています。

Kayakのホテルへの進出

Kayak(カヤック)は、世界的OTAであるBooking.comを有するBooking  Holding傘下でメタサーチエンジンを提供する会社です。メタサーチとは、Google Hotel Adsなどと同様、1つのプラットフォーム上で複数の販売元の価格を比較できる「価格比較サイト」ですが、日本ではあまりなじみのないKayakは、アメリカでは非常によく知られたメタサーチエンジンの1つです。

「もともとKayakはホテルの販売料金も表示させていたのに、今さらなんで?」と思われた方もいらっしゃるかもしれませんが、今回のニュースは、Kayakがメタサーチとしてホテルに進出したわけではなく、Kayak自体がホテルをオープンさせたというのですから驚きです。(私が当初このニュースのヘッドラインを目にした時は、Booking HoldingsのKayakとは別の、Kayakという会社があるのかと思ったくらいです)

記事によると、21年の4月にKayak最初のホテルである「Kayak Miami Beach」をアメリカのマイアミにオープンさせるとのことです。Kayakが新しくオープンさせるライフスタイルホテルは、「最新のテクノロジーや洗練されたデザインを提供する独立系のホテルとして、その価値を提供する」とのことで、Kayakはマイアミ以外にもそのポートフォリオを広げたいとしています。

さて、一見するとまったく関係なさそうなこの2つのニュースですが、いずれも「ホテル・旅行の場面においてデジタルプラットフォームを提供する会社」のまったく異なる方向への新たなアプローチであると言えるのではないでしょうか。一方はそれぞれの販売先からの提供体制を見直し、より幅広く、柔軟な販売先へのリーチに向けて踏み出したのに対し、もう一方は、自らホテル運営に関わることによって、販売元と販路とホテルを一体化し、1つのエコシステムを自ら作ってしまおうという動きにも見えます。

Amazonが残した大きな教訓

2015年から16年にかけて、ECの巨人であるAmazonは、実はホテル予約分野でのサービスの提供を始めました。結果的にこの試みは失敗に終わったのですが、Googleをはじめとする多くの会社は(もちろんAmazonも)この失敗から非常に多くのことを学び、いま現在も、次の一手を虎視眈々と考えているのではないでしょうか。

Amazonがホテル予約分野でサービスを開始した際、そのビジネスモデルは、いわゆる「OTAモデル」であったと言われています。今日の多くのOTAと同じように、Market Managerがホテルの参画と契約、その拡大を担い、契約ホテルは管理画面に料金と在庫を登録していくビジネスモデルでした。Amazonがこのホテル予約サービスで成功しなかった理由、それは、Amazonがホテルの複雑なビジネスモデルとそのディストリビューションを理解し、うまく対応することができなかったためと言われております。

私はOTAで働いたことはありませんが、まず、OTAで新規のホテルを開拓していく作業は、非常に骨が折れる作業だという話はよく聞きます。マーケットにとってまったくの新参者の、新規OTAの契約ホテルの開拓は、既に多くの契約ホテルを抱え、誰もが知っている大手のOTAがこれから新たな施設を開拓するのとは、訳が違うでしょう。実績もほとんどない中で、契約をお願いするべく個々のホテルを訪ねていくことに加え、Amazonのようなマーケットに巨大なインパクトをもたらす企業のOTAへの参入は、当時、ホテルにとってかなり警戒されたに違いありません。(くしくも、当時はホテルからOTAへの反感が非常に強く、ブックダイレクト(直予約)キャンペーンが開始された時でもありました)

また、そこで例え運よく契約ができたとしても、そこからは気が遠くなるようなシステムの接続作業が待っています。Amazonが自らの管理画面と、ホテル業界既存の「化石」システムをつなぐ際、その複雑さと、既存システムの先進性や互換性のなさに絶句したであろうことは、想像にかたくありません。一方で仮にこの接続作業を行われなければ、Amazonとしては、ただ両手を合わせてホテルからの料金・在庫登録が行われるのを祈るしかありません。商品を販売するためには、まず料金、在庫の登録が行われなくては元も子もないわけですが、その権限が大幅にホテルに委ねられているという点、そして一般的にホテルは「販売実績がないチャンネルには在庫を積極的に提供してくれない」という慣習は、Amazonにとっても大きな誤算であったと思います。

結局、Amazonのホテル予約サービスはこうして頓挫してしまった訳ですが、ここに大きな教訓が残されました。つまり「複雑なホテルディストリビューションに過度に食い込むことなく、それでいて消費者に利便性を届ける方法はなにか」というビジネスモデルの模索です。そしてこの教訓になぞる形で現在、そのビジネスを着々と発展させているのが、Googleであると思います。

Googleがホテル予約に参入してから既にかなりの年月が経っておりますが、その間、Googleは一貫して自らの役割をAggregator(アグリゲーター)に終始しています。つまり自らが販売元となり、その価格や在庫を表示するのではなく、あまたの販売元の価格を引っ張ってきてGoogleという1つのプラットフォーム上に表示させるという、マーケットプレイス、「リファーラル」の役割に徹しているわけです。

このビジネスモデルであれば、マーケットマネージャーを置いて、個々のホテルと契約を進める必要はありませんし、世界中のありとあらゆる複雑なホテルディストリビューションに対応するインフラを整える必要もありません。また、各ホテルの管理画面への「登録状況」に、消費者の利便性や自らのビジネスの命運が左右されることもないわけです。

今回、Google Hotel Adsにおけるホテル無料枠の提供は、「引き続き、Googleとしてアグリゲーターに徹し、消費者にとっての多様な選択肢と最適な結果を提供していく」というGoogleの一貫したビジネスモデルを表していますし、OTAモデルではなく、既存のホテルディストリビューションの仕組みをそのまま活用したマーケットプレイスモデルでその地位を確立していこうという、Googleの意思の表れだと思います。したがって「いつGoogleがホテル予約に本格的に参戦するか」という見方はむしろ適切ではなく、これが彼らの、既に確立されたビジネスモデルなのではないでしょうか。

Amazonもこれに手をこまねいている訳ではありませんし、ホテル予約サービスを完全に諦めたわけではないでしょう。2019年、Amazonはインドでフライト予約のサービスを始めています。一般に、ホテル比べ提供元(航空会社)の数も少なく、その販売元の数も限られているエアラインは、ホテルのディストリビューションに比べ参入が容易であるという事情はあるでしょうが、ECの巨人も着々とその再起を狙っています。このフライト予約サービスを、アマゾンが独自に行うことなく地場の旅行会社と組んでサービスを行っている、つまり既存のビジネスの仕組みを利用しているという点も、Amazonが前回の失敗の教訓をきちんといかしているという事かもしれません。

前回の教訓や、このインドでのフライト予約サービスの試みを見ても、Amazonがホテル予約への参入に伴い、また1からそのシステムを構築していくという事は、非常に考えにくいのではないでしょうか。Amazonマーケットプレイスの仕組みを活用して、OTAやホテルなどがそこに参加する仕組み、既存のOTAを買収してその仕組みと販売網を活用する仕組み、いくつかのシナリオは考えられますが、Amazonがいずれかの段階で必ず、ホテル予約に再び参入してくるということは間違いないと思います。

一方で、一見するとホテル運営までに手を出して自らのエコシステムを構築してしまおうという動きに見えるKayakのホテルへの参入ですが、私はこの動きも、Amazonのフライト予約参入の動きと、本質は同じなのではないかと考えています。

ディストリビューションを制するのはだれか

Kayak、そしてその背後にあるBooking Holdingsの目論見は、決してホテルをたくさん作って自らの送客を強化するといった表面的なものではなく、実際にホテルを運営してみて、ホテルディストリビューションやテクノロジーを自ら扱い、より深く理解していくことであると思いますし、この度のホテルのコンセプトやCEOのコメントなどを参照すると、随所にそういった目論見がにじみ出ているように思います。

非常に特異で、驚くほど昔のシステムが依然として複雑に入り組んでいるホテルディストリビューションは、恐らく、まったく畑の違うビジネス、その業界にとってみれば、とても奇異にさえ映ると思いますし、その点を理解せずにホテル業界に参入すると痛い目を見るということは、皆がAmazonのケースで学んでいます。

少なくとも、既に自らがホテルディストリビューションの一翼を担い、Amazonよりかははるかにその事情に精通しているKayakは、こういった現状を非常に理解しているように思います。ここに、ホテルを実際に運営することで、そのディストリビューションの仕組みやテクノロジーを完全に理解し、次のビジネスモデルに向けたヒントを見つけようという試みがあることに間違いはないと思いますし、場合によっては、自らがホテルディストリビューションを作り替え、ホテル全体のエコシステムに新たな仕組みを構築していくということを模索しているのだと考えます。(前回の投稿で、”ホテルにおいて新しいディストリビューションやテクノロジーなどが継続的に試されるような、ラボのようなホテルがあってもいい”ということを申し上げましたが、まさかOTAがそのような試みを実際に体現してくるとは思いもしませんでした)

現在まではひたすらAggregator(アグリゲーター)としての役割に徹し、今回の新しいサービスの拡充においても「予約環境のさらなる整備」という点で一貫したビジネスモデルを貫いているGoogle、ホテルに参入することによって一大経済圏を築いてしまおうという目論見に見えて、その裏にはホテルディストリビューションにおいて主導的な役割を果たしたいとにらんでいるKayakとその背後にいるBooking Holdings、かつてOTAモデルに失敗し、新たなビジネスモデルでの宿泊予約サービスへの再参戦のチャンスをうかがっているAmazon。 彼らのそれぞれの試みに共通することは、次のビジネスモデルの成否をわけるカギは決して「どれくらいの顧客を持っているか」「資金があるか」「ブランド力があるか」といったことではなく、あくまでも「ホテルディストリビューションを制することができるか」であるということ、そして、そのゴールに対するアプローチの仕方こそ違えど、皆、その点を非常によくわかっており、いずれもそれを踏まえた動きであるということは間違いなさそうです。

TripAdvisor Plus(トリップアドバイザー プラス)

最後にTripAdvisor Plusのニュースにも簡単に触れておきましょう。ご存じの通り、口コミサイトとして誰もがその名を知るTripAdvisor(トリップアドバイザー)ですが、昨今、TripAdvisorは自らのサービスをどのように売り上げに転換していくかという点で悩まされてきました。

従来は、そのプラットフォーム上で各販売先の価格を比較することができる、メタサーチのビジネスモデルや、関連する広告などで多くの売り上げを上げてきましたが、近年、その勢いはGoogleに押されっぱなしで、TripAdvisorは新たな収入源を探す必要に迫られています。レストラン予約や、旅行中のアクティビティ(現地ツアー)予約などでその裾野を広げてはいますが、多角化を進める中での1つのサービスとして今回登場したものが、TripAdvisor Plusです。

このTripAdvisor Plusは、TripAdvisorが提供するメンバーシッププログラムです。まず消費者は、年間99ドルを払ってこのプログラムに参加します。このプログラムにおいては、各参加ホテルが提供する特別なディスカウント料金や、特別アメニティ、アップグレードなどの特別サービスを受けることができます。

一方、ホテルにとっても参加型のこのプログラムにおいて、ホテルは特に参加費を払う必要はありません。参加をし、このメンバーシッププログラムの顧客に対し、特別な割引料金やアメニティを提供するだけで、ホテルはTripAdvisorのホテル検索において、さらなる露出機会を獲得することが可能となります。

一見すると、どのOTAも設けているVIPプログラムの類のようなものですが、画期的な点は、このプログラムにおいて、ホテルからTripAdvisorへの手数料の支払いが一切必要ないという点です。つまり、ホテルにとっては参加費も手数料も不要でこのプログラムに参加することができ、代わりに、TripAdvisor Plusの顧客に対しては、特別な割引料金やアメニティ、サービスなどを提供するという仕組みです。

今まで、送客に関わる手数料やコストはホテルが負担してきたわけですが、そのホテル側の負担をなくし、それを消費者に求めようとするモデルは、近年ますます上昇するAcquisition Cost (顧客獲得のための費用)に頭を悩ませているホテルにとっては朗報です。TripAdvisorとしても、ホテルへの参加協力が得やすくなることに加え、ホテルにとって手数料の支払いが必要ない分を、割引率や追加のアメニティ、サービスに振り分けやすくなり、その結果としてプログラム内容が充実することが、やがてはプログラム自体のプレゼンスを高めるという目論見があるのではないでしょうか。

成功の可否は「結果がないとなかなか動いてくれない」というホテルの慣習の中で、どれだけ参加ホテルを増やし、その内容を充実していくかにかかっているかと思いますが、いずれにしても、ホテル側ではなく、消費者側にそのコストを転嫁するという、いわば逆転の発想は、既存のビジネスモデルに一石を投じることになるのかが注目です。

参照:Googleが無料で予約リンク枠を提供/Phocuswire

Kayakがホテルをオープン/Lodging Magazine

TripAdvisor Plusサービスの開始/Business Traveler