「エクスベア」からの脱却なるか―エクスペディアのリブランディングが示唆すること

特にホテルや宿泊施設で勤務している方にとって、エクスペディアの日本限定キャラクターである「エクスベア」は非常になじみがあるでしょう。個人的に、海外企業の動物マスコットはどうも「呆れるほどに雑」か「気味悪いほどにリアル」のどちらかに分類されると思っていますが、どこか引っ込み思案にさえ映るあの外見に反した爪の鋭さが非常にリアリティあふれ、それがかえって不気味にすら映るエクスペディアのキャラクター「エクスベア」は、テレビコマーシャルにも登場した馴染みのあるキャラクターです。

皆さんにとってエクスペディアのイメージはどうでしょうか?私はホテル業界、特にOTAなどのディストリビューションエリアを専門としているだけあって、私のエクスペディアに対するイメージは相当バイアスがかかっているかもしれませんが、個人的に海外に旅行に行く際は、基本的にエクスペディア(もしくはブッキングドットコム)で宿を予約します。その理由はただ1つ、安いからです。

本来であれば、レベニューマネジメント、ディストリビューションの専門家の立場として、ホテルでのダイレクトブッキングを助けてあげるべく、公式ウェブサイトで予約をするべきだとは思いますが、残念ながら、海外の(日本も例外ではありません)多くのホテルではレートパリティが保たれておらず、結局エクスペディアやブッキングドットコムなどのOTAの方が安い料金で予約可能なことが多いのが現状です。

エクスペディアに限らず、皆さんの消費者としてのOTAに対するイメージも、私とまったく同じなのではないでしょうか?つまり、程度の差こそあれど、OTAで予約する1番の理由は「OTAであれば安い料金で予約できるから」「OTAであれば良いディールで予約できるから」など、いずれも価格を動機とするものであると思います。

そしてこれこそ、多くのOTAが長い間得意としてきた、そして前面に出してきたその性格かと思います。様々なプロモーション手法や、ディストリビューションテクニックを用いて、ホテルの公式ウェブサイトや他のOTAよりも1円でも安くなるように価格操作に気を配り、それをホックとして多くの消費者を引き付けてきたように思います。そしてホテルはしばしば、OTAのこのような価格至上主義の姿勢に頭を悩ませてきました。

この度、エクスペディアは大規模なリブランディング(ブランドの再定義)を発表しました。このリブランディングによる細々した新たなサービスの発表については省略しますが、この中には「タビマエからタビナカ、タビアトまでを1つのプラットフォームですべて完結させる仕組み」や、「会員プログラムの統合」、「アプリやウェブサイトなどの操作性とルックアンドフィール(Look and Feel)の刷新 」などが含まれるようです。

しかし、このような細かいサービス1つ1つを参照しなくても、私は今からご紹介するエクスペディアのコマーシャルビデオの違いが、今回のリブランディングを契機とした、これからのエクスペディアの方向性を如実に表しているかもしれないと考えています。これからご紹介する、エクスペディアの2018年のコマーシャルと、今回のリブランディングに伴い発表されたコマーシャルの2つを、まずは見比べてみてください。

エクスペディア広告動画(2018)

エクスペディア広告動画、リブランディング(2021)

ホテルの公式ウェブサイトのコンテンツにしても、「1,000文字の説明より1本の動画」というくらい、入念に作成された1本の動画は、たった数分のシーンで多くの感情的な衝動を私たちにもたらします。そして今回のこのエクスペディアの新たな広告は、さらに言葉による説明などほとんどいらないくらい、彼らのブランドの再定義の方向性を示しているように思います。

エクスペディアも国によって広告を使い分けていますので、日本向けの広告である2018年のコンテンツと、今回のリブランディングに世界向けの広告コンテンツは、テイストの違いなどもあるかと思いますが、18年の広告については、とにかく「エクスペディアで旅行予約をするといかにお得か」ということが前面に打ち出されています。お世辞にも入念に作成されたとは言いがたいこのCMに、残念ながら洗練さはまったくありません。

一方で、今回のリブランディングに伴う広告動画はどうでしょうか。この動画を通して「エクスペディアを通して予約するといかにお得か、安いか」というメッセージはまったく出てきません。代わりに私たちに伝わるメッセージは、その「関係性」に重点を置いたもの、「エクスペディアはいつもあなたとともに、最上の旅をサポートするパートナーである」というメッセージではないでしょうか。

私は、今回のエクスペディアのリブランディングの背景には、下記のような理由があると考えています。

どんどん薄れる魅力、「ただ安いこと」

ホテルで働く多くの皆さんは、「価格が持つ力」をほとんど妄信的に信じていると思います。何かというとすぐに価格由来のプロモーションに走ってしまうのが、その最たる例でしょう。価格が、人々の購買決定に1番力を及ぼすという点を信じて疑わない人も多いはずです。

下記のグラフを見てください。グーグルの検索用語における「Best」、つまり「最上の」という単語と、「Cheap」、「安い」という単語の検索ボリュームの過去15年間の変遷をグラフで表した図です。この15年で、「最上の」という単語の検索ボリュームは右肩上がりに伸びている一方、「安い」という単語の検索ボリュームはどんどん下がり続けています。つまり人々の「安さ」に対する魅力はどんどん薄れてきており、意味は非常に広義ですが「良いもの」、「自分にとって良いもの」を人々が求めているようになってきているという事なのではないでしょうか。

Googleの台頭

以前、「ホテル予約におけるグーグル、アマゾン、OTAの次の一手は?」でも書きましたが、かつて、消費者が旅行の検索や予約をするにあたって、その出発点はOTAでした。どこに旅行に行くにも、まずは自らにとってなじみがあるOTAのウェブサイトを訪問したうえで、そこからホテルやフライトなどを検索するというのが、よく見られた購買行動でした。

そこに割って入ってきて、この従来の購買行動を完全に破壊したのがGoogleです。GoogleはGoogle Hotel Adsの機能を拡充し、Google上で検索から予約までを完了する「ワンストップショップ」の環境の構築に全力を注いできました。結果、旅行予約における消費者の購買行動は変容し、エクスペディアをはじめとするOTAは、数年前までの「旅行検索において消費者が必ず訪れる、旅行予約における出発点」から「Googleに商品を提供する数多くの販売先の1つ」になり下がってしまいました。

レートパリティ環境の改善とホテルによるダイレクトブッキングの強化

こんな中でも、もしエクスペディアなどのOTAが、ホテル予約において常に安いディールを提供できるという保証があるのであれば、もしかしたら「とにかく安さ目当て」の消費者をつなぎとめることができるかもしれません。しかし、ホテルが各チャンネル間の料金を統一する「レートパリティ」は、特にインターナショナルチェーンホテルにおいてこの10年間で劇的に改善し、多くのホテルでレートパリティが保たれるようになってきました。

さらには、各ホテルのメンバーシッププログラムの強化により、各ホテルのロイヤリティメンバーになることによって、常にOTAよりも安い料金を手にする環境が整えられました。つまり、今までのようなプロモーション手法やディストリビューションテクニックを使って、何とか他のチャンネルより安い料金を入手することで優位性を見出だそうとする手法には、徐々に限界が見えつつあります。

世界的なプライバシー保護の流れ

一見関係ないようなこのトレンドも、今回のエクスペディアのリブランディングとは決して無関係ではないでしょう。2020年1月、グーグルは今後2年間かけてサード・パーティ・クッキー(3rd party cookie、第3者が割り当てるクッキー)の仕組みを排していく方向性を打ち出しました。(サード・パーティ・クッキー、ファースト・パーティ・クッキーなどの説明についてはここでは省きます)

このサード・パーティ・クッキーの仕組みが幅広く活用されている広告手法の1つが「リターゲティング広告」で、OTAなどの旅行事業者も日常的に使う広告手法の1つです。例えばあなたも、あるOTAで特定の「〇×ホテル」を検索したあと、一度そのOTAのウェブサイトを完全に離れたにも関わらず、まったく関係のない別のウェブサイトの広告で「〇×ホテル 春のキャンペーン 20,000円から」といった広告に「つきまとわれた」経験はないでしょうか?

このように、利用者が一度OTAで「〇×ホテル」を検索したことを認識し、その情報を保存し、そしてその興味に関してどこまでもしつこく追いかけてくるのがリターゲティング広告です。「カネと規模」にものを言わせて、いわばマスマーケティングのような手法で消費者を囲い込んでいく手法は、世界的なプライバシー保護の流れにより大きな方針転換を迫られており、大量の資金を投じた「規模の広告戦略」と、「価格の安さ」を武器に顧客を囲い込んできたOTAに対しても、同じような覚悟を迫っているように思います。

ここまで挙げた「ただ安いことに対する関心の薄れ」、「旅行における総合情報プラットフォームから、単なる一販売先への変質」、「プライバシー保護の流れによる消費者との丁寧な関係性の再構築の必要性」、これらの背景に共通することは、「消費者一人一人のニーズをより的確に把握し、顧客との丁寧な関係構築を行い、その過程で得られた顧客データをもとに各々の顧客にとっての最適な旅の提案を行っていくことにより、顧客から選ばれる旅行の総合プラットフォームとなる」という今回のリブランディングに伴う方向性に自然とつながってくるように思います。

思えば、私がまだ高校生だった時に「フリース」という商品を世の中に放ったユニクロも、当初は「その安さ」を全面的に押し出したブランドであったと感じています。とにかく安いことがその謳い文句で、消費者は安さ目当てにその商品に押し寄せていました。

今でも決してハイブランドではないユニクロですが、私はユニクロのブランドイメージに対する適切な言葉を選ぶとすれば、それは「安い価格」ということではなく「価値に見合った価格」という言葉を選びます。洗練された雰囲気さえ漂うユニクロに、当初のような「イチキュッパのフリースを求めて大衆が押し寄せる」イメージはありません。今から20年後、エクスペディアに対する私たちのブランドイメージもこのように変化しているのでしょうか?

今回のエクスペディアのリブランディングがどこまで本気で、そして私が上記で述べたような形に変わっていくのか、さらにその流れが今後、より大きなうねりとなるのかはわかりかねますが、今までのような「価格」を武器にその強みをいかすビジネスモデルの転換期に差し掛かっていることは間違いなさそうです。そして、これは私たち宿泊事業者にとっても決して他人事ではありません。ただ安い価格を武器に無造作に集客を行うのではなく、いかに自分たちのファンになってもらってそのファンとの長期的な関係性を丁寧に築いていくことができるか、私たちにも突き付けられている大きな課題です。

参照:

エクスペディアがリブランディングを発表 / Skift

How people decide what to buy lies in the ‘messy middle’ of the purchase journey /Google